本格的な革靴について調べ始めると、必ずと言っていいほど語られているのが製法についてです。中でも、革靴の製法として「グッドイヤー製法」と「マッケイ製法」の二つは代表的な物として紹介されている事が多いですね。
多くの場合、この二つは「グッドイヤー=堅牢で長く履ける」「マッケイ=軽いけど耐久性が低い」という、耐久性にばかり焦点が当てられて、その結果グッドイヤーの方が良いよねっていう結論に至るという、単純な図式で語られているように感じます。
重く、堅牢で、何回も修理ができる。それは革靴における「正解」のように語られることが多い価値観です。そんな説明を読めば読むほど、「グッドイヤーウェルテッド製法の方が良い」という考えが自然と刷り込まれていったのを覚えています。
ですが、イタリアで生活し、特にヴィンテージのさまざまなイタリア靴を履き比べる中で、今のグッドイヤー礼賛的な傾向に少しずつ違和感を覚えるようになりました。
マッケイ製法はただ作りが簡素なのか?それとも、見ている文脈や価値基準が違うだけなのか?
この記事では、グッドイヤー製法とマッケイ製法の構造的な違いを整理しつつ、「どちらが優れているか」ではなく、「なぜそう作られてきたのか」「どんな人に向いているのか」
という視点から、マッケイ製法を再評価してみたいと思います。靴を単純な“スペック”ではなく、“スタイルや美学の一部”として考えたい方の参考になれば幸いです。
グッドイヤーとマッケイの違い
まずは一般的に語られる、グッドイヤーとマッケイの違い、メリットデメリットなどを簡単に紹介したいと思います。
グッドイヤーウェルテッド製法とは
グッドイヤーウェルテッド製法は、本格的な革靴の製法として最もポピュラーな手法の一つです。現在ではCrockett & Jonesなどを始めとする、英国靴を中心に広く採用されている印象がありますが、19世紀後半、ゴムの加硫法を発明したチャールズ•グッドイヤーの息子である、チャールズ•グッドイヤー•ジュニアによってアメリカにて考案された製法になります。

この製法を説明する前に、元となった”ハンドソーンウェルテッド製法”と現在呼ばれている靴の製法を説明する必要があります。中底と外底を直接縫い合わせるのではなく、間にウェルトというパーツを挟む事で、外底を交換する際に中底にかかる負荷を抑え、より耐久性を高くした物になります。
ただ、このウェルトを取り付けるために、中底にリブをチマチマと掘る必要があったり、リブとウェルトを取り付けるすくい縫いも手作業になるため、各工程に非常に時間がかかってしまうのが難点です。
グッドイヤーウェルテッド製法では、中底にリブを掘る代わりに、リブテープと呼ばれる布もしくは革製のテープを中底に貼り付けることによって、リブを掘る時間を短縮しつつ、また、ウェルトを縫い付けるために専用のミシン目を使う事ができるなど、制作にかかる時間を大幅に短縮する事ができます。
マッケイ製法とは
グッドイヤーウェルテッドやハンドソーンに比べて、マッケイ製法は中底と外底を直接縫い付けるという非常にシンプルな工程によって作られます。他にも、モカシン製法やボロネーゼ製法と呼ばれる靴の製法も、マッケイ製法の亜種と言えます。

シンプルな製法である為に副資材が少ないため、屈曲性が非常に高くなることから、足馴染みが良く快適な履き心地を持っているのが特徴です。
両者のメリットデメリットとは?
グッドイヤーウェルテッド製法で作られた靴は何よりも頑丈であるという事が1番のメリットです。先ほどもご説明した通り、中底と外底の間にウェルトというパーツを挟むことにより、外底が摩耗した際に行う”オールソール交換”の際に、中底にダメージを与える事なく行える為、直接中底と外底を縫い付けるマッケイ製法に比べると、オールソール交換の可能回数が多いです。
ただデメリットとして、頑丈である分屈曲性などはマッケイに劣り、履き心地の面で少し問題があります。特にグッドイヤーウェルテッドの場合、リブテープの厚み分、中底と外底の間にコルクを敷くので、屈曲性は大きく制限されます。ハンドソーンウェルテッドであれば、リブを掘るという特性上、テープを貼るグッドイヤーに比べて多少軽減されますが、それでもマッケイ製法で作られた靴ほどの屈曲性はありません。
マッケイ製法で作られた靴は、なんといってもその柔らかい履き心地が特徴です。その柔らかさは、履き慣らしたグッドイヤーの靴でも中々味わえません。ただ、中底と外底が直接縫われているという特性上、雨などの際に、そこからの浸水が容易に起きてしまいます。また、先ほどグッドイヤーのメリットとしてお話ししたオールソールに関しても、もちろん状態にもよりますが基本的にはグッドイヤーの靴よりも耐えうる回数が少ないと言われています。
グッドイヤーが信仰される理由と、思わぬ落とし穴とは?
ここまでお読みになった方の中でも「グッドイヤーの方が長く履けるのならば良いのでは?」と思った方もいらっしゃると思います。確かに、一般的に語られている様な上記の理論を読むと、長く愛用できそうなグッドイヤーに軍配が上がりそうです。ですが、ここに大きな落とし穴が二つ存在します。
マッケイにも同じ事が言えますが、まず一つ目は、グッドイヤーと言ってもピンキリだと言う事です。ミシンを使うとは言え、人間の技が必要な事なので、ある程度の技術力は靴の完成度に影響を与えます。例えばリブとウェルトの縫い合わせがガタガタだったとしても、工程数が多い分”誤魔化し”がきいてしまったりします。実際、本格靴の入門として知られているブランドの一部の靴などで、修理の際に作りの雑さが露見したと言った事はあります。
つまり、グッドイヤーウェルテッドで作られているからといって、確実に高品質であると言うわけではないという事です。
次に、たとえグッドイヤーウェルテッドの中で高品質だとしても、元々は量産化のために考案された技術であるということです。
靴の良し悪しを決めるのは革質やラストの良さ、工程における丁寧さなども影響するので、グッドイヤーウェルテッドが悪いというわけではありません。勿論その頑丈さから、カントリーサイドで履く様な、本来アウトドア的な用途で使う靴にはうってつけかもしれません。ですが、職人の手作業が存分に発揮された製法として、ハンドソーンウェルテッド製法が存在します。
つまり、両者は同じウェルテッド製法の中で、より手作業の多いハンドソーンと、マシンメイドのグッドイヤーという区分がされた、同じ系統の製法であるということです。
それに対して、マッケイ製法が語られる時はハンドソーンかマシンメイドかどうかという事に、あまり触れられていないということに気づきませんか?
グッドイヤー、ハンドソーン合わせてウェルテッド製法で作られた靴がピンキリである様に、マッケイ製法の靴もピンキリだということです。例えば、あまり慣れていない人がミシンで縫うグッドイヤーと、革靴を作り始めてある程度立つ職人が縫うマッケイではどちらの方が高品質でしょうか?
もし製法云々を語りたいのであれば、それに付随して、クオリティに影響を与える手仕事の量と、誰が作っているのかという事も考慮に入れなければならないのです。
超絶技巧のマッケイ靴が持つ美しさ
マッケイ製法の場合はハンドソーンウェルテッドとグッドイヤーウェルテッドの様に明確に工程が変わるわけでもなく、ただ中底と上底を直接縫い付けるだけで良いなら、専用のミシンで行う事ができます。その圧倒的な早さによる効率化が図れる中、あえてそれらを手作業で行う意味とはなんでしょうか?


マッケイ製法はシンプルであるが故に、クオリティがよりはっきりと可視化されるとも言えます。特にソールをウェルトに縫い付ける必要がない分、コバの張り出しに関してもミリ単位で美しさのみを追求できます。最早単純な品質の問題だけでなく、作り手の思想や美学がより色濃く見えてくるのです。ハンドソーンによる職人の超絶技巧がふんだんに施されたマッケイ製法の靴は、あらゆる靴の中でも最も芸術品的な側面を持っていると言えるでしょう。
製法は”優劣”ではなく”思想”で選ぶべき
結論、二つの製法は全く違う思想を持っているため、どっちが良いのか?という話をする事そのものがナンセンスだとも言えます。ただ、生活のスタイルにどちらがフィットするかという事は、靴を選ぶ際の指標になるかと思います。
耐久性を最優先し、雨や悪路も含めたタフな使用を想定するのであれば、グッドイヤーウェルテッドは非常に合理的な選択です。一方で、軽さや屈曲性、足との一体感、そして靴そのものが持つ佇まいや美しさを重視するのであれば、マッケイ製法は極めて理にかなった製法だと言えるでしょう。また、どちらの製法においても、ハンドソーンであるかという指標も、スタイルの構築には役に立ちます。
どれだけ長く履けるか、何回オールソールできるかといった数値化しやすい指標だけで靴を評価してしまうと、マッケイ製法の持つ本質的な魅力はどうしても見えにくくなってしまいます。ですが、スタイルや美学、日常の所作まで含めて靴を考えたとき、マッケイ製法は決して「簡素な製法」ではなく、むしろ極めて洗練された選択肢の一つであることが分かります。
靴の価値とは、製法やわかりやすいスペックではなく、そこに宿った思想そのものです。どんな環境で、どんな装いで、どんな気分で履きたいのか。そういった文脈に目を向けたとき、自分にとって本当にしっくりくる靴が自然と見えてくるのではないでしょうか。
まとめ
いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。靴の製法を語る際、どうしてもグッドイヤーに偏重しがちなメディアが多いと感じています。しかし、マッケイ製法には別の思想があり、それらに優劣をつけるのでなく、違った楽しみ方を見つけられると、着こなしの幅が見つかると思います。他にも靴を始めとして様々なファッションに関する記事を書いていますので、暇つぶしにお読み頂けますと幸いです。

