僕が個人的な趣味として連載しているイタリア古着ディグ日記では、誰もが知ってそうなブランドのアイテムを中心に紹介しています。もちろんそれらのアイテムが激安で手に入れられるのは死ぬほど嬉しいですし、古着屋を訪れる際は毎回全てを血眼になって探しています。ですがここだけの話、僕はイタリア古着ディグの醍醐味はここではなく別にあると考えています。理由は沢山ありますが、やはり何といっても、そのカオスさに尽きると思います。超有名メゾンから日本でも知られているようなファクトリーブランド、全く無名なブランド、現地セレクトショップのオリジナル、さらには地域のサルトリアによるビスポーク品に至るまで、全てがごちゃ混ぜになって売られています。特に面白いのは後半でしょうか。例えば、往年のミラノではDorianiやM.Bardelliといった名門セレクトショップらがBrioniに別注をかけたり、BelvestやCaruso製のオリジナルネームのスーツを展開していたりと、非常に興味深いラインナップを持っていたとか。そして、そういった老舗オーナー達の審美眼を辿ると「今では消えてしまったブランド」や「誰も知らないイタリアブランド」などと出会うことができるのです。今回はそんなミラノの名門セレクトショップの一つである“TINCATI”のオリジナルジャケットと共に、メンズファッションでは取り沙汰されがちな”ミラノスタイル”って結局何なん?って所を、よくミラノスタイルと比べられがちな”ローマンスタイル”の雄”Brioni”のブレザーと比べながら、少し覗いていきたいと思います。
TINCATI Navy Blazer

こちらがTINCATIオリジナルのブレザーになります。実は購入時からタグが吹き飛んでしまっていたのですが、隣に並んでいたジャケットに”TINCATI Milano”のタグがついており、そしてポケットの中の品質表示が全く同じだったので間違いありません(今思えば、なぜそっちも購入しなかったのか、当時の自分を張り倒してやりたいです)
TINCATIは1965年にミラノに創業した老舗セレクトショップです。当時から最高品質の洋服を取り扱っており、所謂ラグジュアリーなミラノスタイルとは何ぞやという事を体現しているショップになります。残念ながら現在のショップを訪れたことがないので、いつの日か訪れる事がありましたらレビューしたいと思います。
さて、今回はオリジナルのジャケットという事で、どこが作っているのかとても気になりますよね。内タグを見てみるとSaint Andrewsと書いています。

実は、かなり時間をかけてリサーチをしたのですが、出てくる情報のほとんどが古く、しかも非常に断片的に散らばってしまっています。一応名前を”Sant’Andrea”とイタリア語に変えて、今も存続しているようですが、それにしても情報が見つかりません。オフィシャルサイトはほぼ真っ白(失礼) ですし、コレクションに関しては2021年で更新が止まっていますし…(一応Instagramが生きていて、今も存続しているのは確実です)。もしかしたら何かここに書いてある情報に齟齬があるかもしれません。大前提として、僕はあくまでど素人なので、そのあたりはご容赦頂ければと思います。また、もしこのあたりに精通してるプロの方がいらっしゃったら、コメントやInstagramのDMなどでも教えていただけますと非常に助かります。
さて、断片的な情報を整理していきましょう。Saint Andrewsはミラノにショールームを構えていますが、工房はFanoという町にあるそうです。Lardiniの拠点であるAnconaと近いです。
情報によるとSaint Andrewsのテーラーリングにはハンドワークがかなり沢山行われているとのことです。ネットの議論の中ではいろんなブランドを比較対象に挙げている人がいます。比較とは異なりますが、下記のリンク先の記事を書いた方は、なんとジャケットを解体して中身を見ています。
Made by Hand – great Sartorial Debate Friday, January 8, 2010 Saint Andrews
また、Ralph Lauren Purple Labelが最初期に行っていた、英国のChester Barrieでの生産からイタリアでの生産に切り替わった先のファクトリーがSaint Andrewsだそうです。僕はずっとBelvestが生産してると思っていたのですが、聞くところによるとCarusoやCantarelliが生産を請け負っていた時期もあったり?いずれにせよ変遷があるそうです。ともあれ、僕はジャケットを分解する勇気はありません()
Brioni Navy Blazer

こちらが今回の比較対象のBrioniのジャケットです。(今気づいたのですが、ディテールの写真を全て撮り終えた後に全体像を撮ったので、変なシワが見えますね…)
今回はこのブレザーは完全に脇役です。実は、こちらは別のミラノのセレクトショップであるNegliaの別注品になります。ですが、ローマのブランドとしての基本は変わっていませんので、良い比較対象になると思います。
ディテールの違い
大前提として、筆者はド素人です。ディテールだけをみて判断するほどの目利き力が果たしてあるか、正直な所絶対的な自信はありません。ですが、せっかく手に入れたので挑戦していきたいと思います。
ラペル周り
それでは詳しく見ていきましょう。まず、ジャケットにおいて一番大事な襟を見てみましょう。
どちらのジャケットもハ刺しのステッチがしっかりと見え、ピックステッチなどもムラ感が強く、手縫いで行われているのが見えると思います。もちろん着用すると襟が綺麗に返ってくれます。洋服好きとしては、やはり裏側を見る時って楽しいですよね。

ちなみに上記の写真のようにどちらも一枚襟です。ただ、イタリアの古いジャケットは一枚襟で出来ているものばかりなので、あまり役に立つ指標ではないかもしれません。
肩周り

肩の様子です。どちらもかなりクリーンに見えますが、着るとBrioniの方がよりコンケープドショルダーに見えます。逆にSaint Andrews(TINCATI)のジャケットはスッと下に落ちます。ローマンスタイルはよりブリティッシュで、ミラノスタイルはよりスッキリしています。ここが大きな違いだと思います。
ミラノ仕立てはナポリ仕立てに代表されるような雨振袖などのわかりやすいハンド感は見せず、クリーンに作ると言いますが、こちらのジャケットはまさにその通りで、ディテールは非常にすっきりしています。中から見ても、抜かりないですね。
ポケット周り
胸ポケットはどちらもバルカポケットのように湾曲しているわけではなく、あくまで自然に体の形に沿うように作られています。Brioniはひと目で手縫いだとわかるステッチが入ってますが、TINCATIの物は、Brioniのものとはなんとなく見た目が違います。ただ、AMFミシンで縫われたものよりはばらつきがあるので、ポケットのステッチも手縫いだと思われます。
腰ポケットはどうでしょうか。BrioniのジャケットはD管止めがなされていますが、TINCATIの物はありませんね。TINCATIのジャケットはかなりタフそうな生地が使われているので、もしかしたらその違いもあるのでしょうか?ただ、面白いのはBrioniのジャケットは比較的シンプルなフラップなのに対して、TINCATIの物は外側が少し斜めにカットされています。スラントポケットというほどポケットそのものが斜めについてるわけではないのですが、面白いディテールだと思います。
ボタンホール
Saint Andrewsはボタンホールを手縫いで行っているそうですが、実際どうなのでしょうか。なんとなく素朴さは感じますが、個人的にはBrioniのものの方が美しいと思います。好みの問題でしょうか?
裏側
さて、裏側を見ていきましょう。左脇下の背中の縫い目です。Brioniはここも明らかに手縫いですよね。対して、TINCATIのものは確実にミシンで縫われています。ここが決定的に違う所でしょうか。
え、それだけ?と思うかもしれませんが、実際の着心地はかなり違います。生地そのものの硬さもありますが、実際のところBrioniの方が軽く感じます。もっと厚手の生地を使った他のジャケットを着ても、結果はあまり変わりません。
着心地の印象としては、Belvestが少し構築的になった感触です。ただ、着心地がそれによって悪くなるというわけではなく、肩周りのコンストラクションがより強固に出来ている印象です。
クオリティやスタイルの違い
さて、ジャケットのクオリティという一点においては、Brioniの方がハンドワークが多かったです。ただ、Saint Andrewsのクオリティもかなり高いと思います。既製服御三家よりも少しマシンメイドが多いというだけで、素人目線では他のブランドと全く遜色がない作りをしているんじゃないかと思います。
また、ミラノスタイルとローマンスタイルと比較する際に、ハッキリとは違わずとも、細かく見ると全然違うところも印象的です。Brioniのジャケットはやはりブリティッシュな要素が強いです。構築的に見えるコンケープドショルダーの肩周りはもちろん、ラペル周りの印象もかなり威厳があり、男らしい印象です。一方ミラノスタイルのTINCATI(Saint Andrews)も、BelvestやCarusoなど、他の北イタリアに拠点を置くブランドに比べて、どちらかというとBrioniと同じように、コンストラクションはかなりしっかりしている印象があります。ですが、それよりも見え方はよりシャープで、スタイリッシュに見えます。モダンさという点では、最もそれらしいとも思います。そこはやはり、政治の街と経済の街の違いということでしょうか。
これは、なんとなく個人的な感想なのですが、BelvestやCarusoはメゾンOEMをする機会が多いという特性から、良くも悪くもモダンであり尚且つミラノスタイルというよりは中庸なスタイルになりがちなのだと思います。その点、TINCATIによる目線が組み込まれたこのブレザーからは意味ミラノという街の特徴が出ていると思います。いずれミラノのサルトとして有名なCaraceniなどを手にする機会があれば、それらもレビューしてみたいですね。
余談、まとめ
いかがでしたでしょうか。今回ご紹介したのはもしかしたらあまり聞いたことがないブランドだったと思いますが、お楽しみ頂けたでしょうか?また、もし「◯と△比較して欲しい!」とか「こんな企画やって欲しい!」などありましたら、できる範囲にはなってしまいますが、挑戦したいと思っています。

“クラシックコンサート”のメンズファッション完全ガイド|上品に魅せられるおすすめコーデ10選という記事で、実はこのTINCATIのジャケットを使用したスタイリングを紹介していました。このブレザーは春夏素材ということもありますが、ミラノスタイルの良いところとして、なんとなく端正で、垢抜けた感じが出ると思います。この記事では他にもスタイリングを紹介していますので、よろしければ読んでみてください。
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