L’archivio perduto #1 Abla(アブラ) ― 失われたナポリ既製服の頂点を実物とともに記録する

とある古着屋でふと手にしたジャケット。タグを見た瞬間、目が止まった。

“Abla fashion for men”

うっすらと記憶の片隅にあった名前。縫製、素材感、そして何より、ジャケットとしての圧倒的な存在感。点と点が繋がった瞬間だった。業界の重鎮たちが語り継ぐ通り、これは普通のものではない。

クラシックファッションの文脈には、語られないまま消えていったものがあまりにも多い。イタリアの既成服で言えば、Kitonは知られている。Brioniも誰もが知っている。でもそれらと同格と呼ばれながら、今は誰も名前を知らないブランドがある。

L’archivio perduto —失われたものの記録— を始める理由は、そこにある。

このシリーズでは、イタリアを中心とするヨーロッパにおいて、全盛期にはトップクラスのクオリティを誇りながら、今では廃業し、あるいは形を変えてしまったブランドを、残された実物とともに記録する。

それでは第一回、Abla の話を始めよう。

Ablaの起源とBlasi家の系譜

まずは、ブランドの歴史を振り返ろう。

「Abla Fashion for Men」の歴史は1962年まで遡る。ナポリの著名な仕立て職人として知られていたAngelo Blasiの息子、Nicola Blasiによって設立されたブランドだ。工場はグルーモ・ネヴァーノ(ナポリ近郊)に置かれ、伝統的なナポリ仕立てを中心とした製造を行っていた。

設立以前、Nicolaは1957年にニューヨークの名門百貨店Saks Fifth Avenueへ渡り、アメリカ的なビジネスと生産の効率化を学んだ。そのノウハウをイタリアのクラフトマンシップと融合させ、5年後の1962年に立ち上げたのがAblaである。

ブランド名の由来は父、Angelo Blasiの頭文字「ABLA」であり、それに続く「Fashion for Men」の由来はSaksの既製服部門での研修へのオマージュである。全盛期の工場では350人が働き、1日にジャケット170着・パンツ150本を生産していた。

ラインナップは「Abla Fashion for Men」のほか、「Designed by Nicola Blasi」、ヴェネツィアの超高級紳士服店”al duca d’aosta”による特注ラインに見られる「Blasi Tailored」など複数存在した。いずれも、仕立て服の品質を既製服に落とし込んだ、妥協のないプロダクトだった。

当時のイタリアは、最高級既成服ブランドが次々と誕生していた時代でもある。1945年のBrioni創業を皮切りに、1956年にはKitonの前身CiPaが、1957年にはChester Barrieを率いていたSimon Ackermanの息子たちによるD’Avenzaが産声を上げた。そうした文脈の中でAblaも頭角を現し、1990年代にはクラシコイタリア協会にも名を連ねるなど、ナポリ発の高品質ブランドとして確固たる地位を築いていた。

しかし1990年代、Ablaは既製服の製造を終える。商標はその後売却され、一時期はナポリの名門サルトリアが所有していたとも言われ、現在はKitonグループが保有している。Ablaとしての歴史はここで幕を閉じた。

だが、その魂は受け継がれている。当時ディレクターを務めていたNicolaの甥、Angelo Blasi(父のAngelo Blasiとは別人物)は、後にSartoria Partenopeaを設立。日本でもUnited Arrowsなどで取り扱われたこのブランドを通じて、Ablaが持っていたナポリ仕立ての精神を継承し続けた。

そして現在、Angeloの息子Mauro Blasiが自らの名を冠したブランドを手掛けている。20世紀前半からBlasi家がナポリの服飾文化にもたらした影響は、今も静かに続いている。

Mauro Blasi Napoli Sito Ufficiale

残されたAblaのアーカイブ

手元にある個体は、6つボタン下1つ掛けのダブルブレステッド。素材はウール100%。仕様や素材感から、明らかに今日のジャケットとは少し違う雰囲気を放っている。

Abla Fashion for Menのテーラードジャケット ダブルブレステッドした一つがけで70年代を彷彿とさせる。

ボタン位置が低く、ラペルが長く流れるこのスタンスは、それだけで一つの主張だ。床に置いてみても、ハンガーに掛けた状態でも、佇まいに妙な圧がある。冒頭で「圧倒的な存在感」と書いたのは、誇張ではない。では、その中身を一つずつ見ていこう。

肩 「ナポリは芯がなく柔らかい」という神話

現代の感覚で「ナポリ仕立て」と言えば、所謂マニカ・カミーチャとも呼ばれる、雨降らしの袖、無いに等しい肩パッドなど、要するに「柔らかさ」の代名詞である。ところが、このAblaの肩はそれとは別の文脈で作られている。やや反り上がるコンケープド気味のショルダーラインで、明らかに構築的。それでいて、持ち上げると拍子抜けするほど軽い。

Abla Fashion for Menのテーラードジャケット ダブルブレステッドした一つがけで70年代を彷彿とさせる。 肩の様子

せっかくなので、手元のジャケットを並べてみる。ローマの構築の極であるBrioniと、現代ナポリの柔の極であるKiton、さらにAttoliniそれぞれの肩の様子を下に置いてみる。

Brioni, Kiton, Attolini イタリア三大既製服ブランドを素人が比較してみた

このAblaのジャケットの肩は他のブランドのジャケットと比べてもとりわけ構築的な印象がある。今の感覚で言うと、ナポリ近郊の工場で作られたジャケットがここまで構築的であることは意外かもしれない。ただ、これは偶然ではないと思う。そもそも「ナポリ=柔らかい」という等式は、ナポリ仕立ての歴史の半分しか語っていない。20世紀初頭のナポリの仕立ては、むしろ英国に範を取った構築的なものが主流だった。パッドの入った肩のラインを、ロンドンから届くスーツに倣って作っていたのである。そして海外の服飾メディアが、その構築的なナポリの代表として名指しするのが、ほかでもないAngelo Blasi、ABLAという名前の由来となった、Nicolaの父その人だ。

一方、僕たちが今日「ナポリ仕立て」と呼ぶ柔らかいジャケットは、1930年代にRubinacciのLondon HouseでVincenzo Attoliniが生み出した、当時としては前衛的な発明だった。しかも、登場してすぐに受け入れられたわけではなかったという。つまり順序はこうだ。Blasiたちの構築的な仕立てもナポリの正統であり、Attoliniのスタイルは革新的だった。その革命が非常に印象的だったからこそ、僕たちは「ナポリは最初から柔らかかった」と思い込んでいるにすぎない。

イタリア古着ディグ日記 #10 Sartoria Attolini(サルトリア アットリーニ) テーラードジャケット

実際、ナポリ仕立ての肩の語彙には、マニカ・カミーチャだけでなく、袖山に芯を入れて持ち上げるcon rollino、さらには反り上がるコンケーブドラインを持つspalla insellata(鞍型の肩)まで、構築的な選択肢がきちんと収録されている。このAblaの肩は、外来の異物ではなく、その正統の系譜の上にあるのだ。

そこに、Nicola BlasiがSaks Fifth Avenueで学んだアメリカ市場で一般的な”肩のラインがしっかりと出る既製服”が重なったのだとすれば、この肩の成り立ちとしては十分すぎる説明になる。父から受け継いだ構築の家風と、息子が学んだ市場の感覚。この肩には、ブランド名になった人物の署名が、そのまま縫い込まれているのだ。

襟裏のハ刺し 手の痕跡を読む

襟を返すと、ハ刺しが現れる。針目にはばらつきがあり、機械の均質さとは明らかに別物だ。

Abla Fashion for Menのテーラードジャケット ダブルブレステッドした一つがけで70年代を彷彿とさせる。 ハ刺しの様子
非常に細かいハ刺しの様子が見られる

ラペルの縁を走るステッチも手縫いである。全体的に手仕事の雰囲気を持ちつつも、非常に丁寧に作られていることは一目瞭然である。

Abla Fashion for Menのテーラードジャケット ダブルブレステッドした一つがけで70年代を彷彿とさせる。 ラペルのステッチ
ステッチもさることながら、ほんのわずかな曲線が遠くから見た印象を大きく変える

ボタンホール 6つボタンの署名

Abla Fashion for Menのテーラードジャケット ダブルブレステッドした一つがけで70年代を彷彿とさせる。 フロントのボタンホールの様子
フロントのボタンホール

ボタンホールももちろん手かがり。ここはKitonと並べたい。Kitonのホールは事実上の業界基準のようなものなので、これと並べて何が言えるかが、そのままこの個体の位置を示すことになる。

kitonのジャケットのボタンホール
Kitonのボタンホール

Ablaのジャケットの方が古い(後述)のでやや使用感が見られるが、それでもKitonのボタンホールと比べても遜色がない立体的で表情のあるボタンホールが施されており、熟練された職人の手が見える。

そして、6つボタン下1つ掛けというフロントデザインそのものも、一つの特徴だと思っている。この低い重心と長いラペルロールは、着る人間を選ぶ代わりに、独自のスタイルを自然と生んでくれる。年代を推理する材料にもなるのだが、それは後述する。

裏地と縫製 ミシンはどこにいる?

表からも裏からも、目で追える範囲の縫い目のほとんどに手縫いの痕跡がある。少なくとも僕の目には、ミシンの介在を示す箇所が見当たらない。既製服では、長い直線のシームはミシンで縫うのが今も昔も普通で、手仕事の多さを看板に掲げる現行のトップブランドですら例外ではない。もし本当にこの個体が総手縫いに近いのだとしたら、現行の頂点よりも多くの手仕事が注がれている計算になる。

断定はしない。解体でもしない限り、内部の全てを確かめる術はないからだ(そして、それをするつもりはない)。ただ、このジャケットが持つ縫い目の表情は、そういう想像をさせるには十分すぎる。

Abla Fashion for Menのテーラードジャケット ダブルブレステッドした一つがけで70年代を彷彿とさせる。 ブランドタグ
Ablaのブランドタグ

内タグが語ること この個体はいつ作られたのか

内タグには、こう記されている。

modello curti / Made in Italy / 100% Lana / legge 883 del 26/11/73

Abla Fashion for Menのテーラードジャケット ダブルブレステッドした一つがけで70年代を彷彿とさせる。 内タグの様子
内タグ

最後の一行が、年代推理の鍵になる。legge 883 del 26/11/73とは、繊維製品の組成表示を定めた1973年11月26日のイタリアの法律のことだ。つまりこの法律に言及している時点で、この個体が1974年以降に作られたことが確定する。上限は、Ablaが既製服の製造を終えた1990年代。その間のどこか、ということになる。

そこに、先ほどの6つボタン下1つ掛けのスタンスと、あの構築的な肩を重ねる。この組み合わせが纏っている空気は、僕には74年から80年代に差し掛かるあたりのものに感じられる。もちろん断定はできない。ただ、タグの法律、フロントの設計、肩の思想という三つの証拠を机に並べると、推理はおおよそそのあたりに落ち着く。

“modello curti”はモデル名だろう。由来はわからない。わからないことは、わからないままここに記録しておく。もしAblaについて何かご存知の方がいらっしゃれば、ぜひ教えていただきたい。

記録するということ

Ablaという名前を、今日覚えている人はほとんどいない。商標はKitonグループの引き出しの中で静かに眠っている。けれど、品質は名前と一緒には消えなかった。それはこのジャケットの中に、襟裏の針目の一つひとつの中に、まだ残っている。

ブランドの名前は市場が決め、市場は忘れる。でも、物の中に縫い込まれた仕事は、忘れられた後も物の中に居続ける。それを言葉と写真にして残しておくこと。L’archivio perdutoというシリーズの仕事は、結局のところそれに尽きると思う。

第一回はここまで。次に記録するのも、かつて頂点と並び称されながら、今は誰も名前を呼ばなくなった、そんなブランドになる予定だ。気長にお付き合いいただけると嬉しい。

参考文献

SIUSA — Abla Fashion for Men

Internapoli — Ciro Paone/CiPa 1956

d’Avenza — Heritage

Gazzetta Ufficiale — Legge 883/1973

Mani di Napoli — Mauro Blasi

The Rake — Neapolitan Tailoring / Parisian Gentleman

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