イタリアでは誰もボタンをいくつ開けるか気にしない理由

シャツのボタン、何個開けるか迷ったことはありませんか。

1個だけにしておくべきか。2個は多すぎるか。気持ち悪がられないか。そもそも開けるべきなのか。

でも少し待ってください。その問い自体が、実は少しおかしいかもしれません。

そもそもシャツとは何だったか

Luciano Barberaのシャツ
Luciano Barberaのシャツ

ズバリ、シャツの起源は下着です。中世ヨーロッパにおいて、シャツは肌着として機能していました。アウターの下に着るもので、人に見せるものではなかったのです。

その後、ネクタイが登場し、シャツはネクタイを締めることを前提とした衣服として発展しました。つまりシャツのボタンは、本来すべて閉じてネクタイで首元を固定するためのものでした。

この前提から考えると、ボタンを1個開けることも2個開けることも、どちらも等しくカジュアルです。「1個なら許容範囲、2個はやりすぎ」という感覚には、実は根拠がありません。ネクタイを外した時点で、すでにカジュアルの領域に入っているのですから。

ボタンはファンクショナルなもの

シャツのボタンは、そもそも機能的なものです。暑ければ開ける。涼しければ閉める。それだけの話です。

イタリアに来て気づいたのは、彼らがボタンの数を「決める」のではなく、その日の気温と気分に従って「なっている」ということです。3個開いていることもあります。4個の人もいます。誰も気にしていません。日本で感じるような、開けすぎることへの後ろめたさのようなものが、ここにはないのです。

素材とシャツの種類による影響

Brooks brothersとLuigi Borrelliのボタンダウンシャツ
Brooks BrothersとLuigi Borrelliの
ボタンダウンシャツ

ただし一点だけ、考えておく価値があることがあります。素材です。

例えばブルックスブラザーズに代表されるオックスフォードクロスのボタンダウンシャツ。あの厚みとハリのある生地であれば、2個3個開けても形が崩れにくく、清潔感を保ちやすいです。ボタンダウンという構造自体が衿を固定するため、首元を開けても全体がだらしなく見えない。アメリカントラッドのシャツがカジュアルに開けやすい理由の一つはここにあります。

一方でBorrelliやBarbaのリネンシャツはどうでしょうか。これらのもつ独特な柔らかさは、ボタンを開けた瞬間から表情を大きく変えます。オックスフォードクロスに比べ生地が軽い分、胸元の開きが視覚的に強調され、より大胆な印象になります。個人的にはそれがリネンシャツの最大の魅力だとおもっています。肌に直接触れる涼しさ、光を透かす繊細な表情。それを活かすには、むしろ開けた方がいい。ボレッリの細かいステッチや美しい衿の仕立ては、開けることで初めてその全貌が見えてきます。

つまるところ「何個開けるか」は、シャツそのものの素材・構造・ブランドの思想によって変わってきます。一律に「2個まで」と決めるよりも、今日着ているシャツが何を得意としているかを考える方が、ずっと自然な答えに辿り着けます。

透ける問題について

ここで避けて通れない話題があります。透け問題です。

日本では乳首が透けることへの抵抗感が強いです。薄手のシャツの下には必ずインナーを着る、という習慣が根付いている人も多いでしょう。

一方イタリアは違います。特に夏、薄手のリネンシャツの下に何も着ない男性を普通に見かけます。透けていても、誰も気にしません。それどころか、そこに「暑い夏を涼しく過ごすための合理的な判断」として、ある種の清潔感すら感じます。文化的な前提が根本から違うのです。

インナーを着ることが「当たり前」の日本から来ると、最初はギョッとします。でも少し慣れると、むしろインナーを重ねることで生まれる野暮ったさの方が気になってきます。薄いリネンシャツの良さは、肌に直接触れた時の涼しさと、光の透け感にあります。インナーはその両方を殺してしまいます。

もちろんどちらが正解かという話ではありません。ただイタリアでは、透けることよりも、暑苦しく見えることの方が問題とされます。

北と南の違い、シティとリゾートの違い

例えばミラノとナポリでボタンの開き方が違う、という話をよく聞きます。確かに差はあります。ただその理由は文化的なルールの違いというより、単純に気温が違うからです。北部は夏でも朝晩は涼しく、南はそれに比べると蒸し暑さが残ります。

それよりも大きな違いは、シティなのかリゾートなのかというオケージョンです。ミラノのオフィス街を歩く時と、ポジターノのテラスでアペリティーボを飲む時では、同じ人間でも自然と開く数が変わります。場所と気分が、ボタンの開き具合を決めるのです。

どこでどんな気分でいたいか

人の目を気にしてボタンの数を管理していると、余裕がなくなります。余裕のない人間の首元は、何個ボタンを開けていても、どこか窮屈に見えるものです。

どこでどんな気分で過ごしたいか。暑いか涼しいか。今日着ているシャツの素材は何か。その場の雰囲気はどうか。そこから出発すればいいのです。

正解の個数なんてありません。あるのは、その瞬間の自分にとって一番快適な選択だけです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。「ボタンをいくつ開けるべきか?」という問いはたびたび上がりますが、正直なところあまり気にする必要はないと思っています。むしろその正解を探すのではなく、オケージョンによって自分で決められるようになると素敵だと思います。イタリアでのシャツの着こなしに関しては傾向と考察に関する記事も書いてますので、合わせてお読みいただけますと幸いです。

もし気に入ったらシェアで応援してください!

Spotlight

Spotlight