クラシックスタイルとはなにか? | 服を文化として捉える為の私的考察

「クラシックスタイルって、結局何なんですか?」

スーツやネクタイを身につけることなのか、昔の服を着ることなのか。それとも、ヨーロッパ的な着こなしのことでしょうか。

僕はクラシックスタイルを、歴史や文化の中で受け継がれてきた服を、その背景も踏まえながら、自分の美意識で今の着こなしに組み合わせることだと捉えています。スーツだけでなく、ジーンズやミリタリージャケット、ニットも、その一部になりえます。

クラシックという言葉からは、「地味」「古い」「堅い」といった印象を受けるかも知れません。ですが、古い服を着ればそれで成立するわけでも、決まった型を守れば完成するわけでもない。その服をどう理解し、どう着るかに、その人のスタイルが表れると思います。

今回は僕自身のスーツやM65フィールドジャケット、ネクタイを例にしながら、クラシックスタイルとは何か、そして自分の装いをどう育てていくかについて考えてみたいと思います。

「服の種類」は”クラシックであるか”とは関係ない

まずはっきりさせておかなければいけないのは、クラシックスタイル=スーツスタイルではないという事です。

勿論しっかりと着こなしのポイントを押さえたスーツスタイルは”クラシックスタイルの一つの在り方”として考えることができます。しかし、スーツというのは服の種類の一つであり、スタイルを構成するのは別の要素になります。

Belvestのスーツコーディネート。
クラシックスタイルの一つ
スーツスタイル

例えばジーンズだってクラシックになりえますし、ミリタリーアイテム、ニットウェア、ワークウェア、全てのジャンルにクラシックとして捉えられるアイテムが存在します。

アメリカ軍 M65フィールドジャケット
クラシックスタイルのアイテムの一つ
アメリカ軍のM65フィールドジャケット
もちろんクラシックなアイテムとして考えられます。

では何をもってクラシックな洋服と捉えられるのか?ということが議論になるかと思いますが、答えは案外シンプルだと思います。

それは「文化的、歴史的なルーツを持っていること」という一点に尽きます。

「素材」「仕様」「デザイン」

そこには、服がその形になった理由が必ずあります。それは、アイデアが空から降ってきたのではなく、人間が生み出してきたからです。

クラシックなアイテムは「文化と歴史」に結びついている

クラシックな服を見ていると、どこかしら音楽に近いものを感じます。楽譜がただの紙切れではなく、時代や地域、思想を背負って書き記されて、その背景に対するリスペクトと共に演奏されてきたように、クラシックなアイテムもまた、文化の文脈なしには成立しません。

長時間の仕事の際でも動きやすく、それでいて失礼がないようにスーツが生まれたり、寒さから身を守りつつ格式を守るために様々なテーラードコートが生まれ、革靴は舗装されていない道を歩くための実用品でした。カジュアルとされる領域においても、厳しい海で働く漁師のためにフィッシャーマンセーターが編まれ、過酷な戦場で戦う兵士の作戦に必要な携行品を持ち運ぶために最適化されたミリタリーウェアが開発され、様々なスポーツの際に運動を助けるためにスニーカーの原型が作られました。

それらが今も美しく見えるのは、そう言った文化、歴史の背景で実際に使われ続けてきた時間の厚みが生み出した「最適化された無駄のないデザイン」による影響が大きいと思います。それは、目立つため、自分を語るためなどにそう言った意匠を施したのではなく、その用途おいて最も無理がない形がそれだったということの結果であり、世の常として無駄がなく洗練されたものは、その佇まいが美しく写ります。

では、クラシックスタイルとは?

ここまで、クラシックな服を文化や歴史との関係から見てきました。では、そうした服を身につければ、それだけでクラシックスタイルになるのでしょうか。

僕は、そこに着る人自身の美意識が加わって、初めて一つのスタイルになると考えています。服の来歴を知ることに加えて、それを今の自分がどう着るか。その判断が大切になります。

ここでいう美意識とは何かというと、それぞれの服が持つコンテクストを読み取る知識と、それらを踏まえて色合い、素材、ディテールなどという視覚的要素と共に組み合わせて、現代を生きる人間の着こなしとして意味を持たせる意識です。

一言で言ってしまうと簡単に聞こえますが、洗練された着こなしを常に実践するのはなかなか難しいです。クラシックなアイテムそのものが膨大な時を経て生み出された形であるが故に、それを自身のスタイルへと昇華させるにはそれ相応の試行錯誤からなる経験が必要になるからです。

こう書いてしまうとやたらと取っ付きにくさを感じるかも知れませんが、本当にいい物を生み出そうと思ったら、ファッションに限らず何事においても時間がかかる物です。そうやって時間と労力をかけるからこそ過去の自分との違いを楽しめたり、人生において新たなステージに立つ時に、それまで持っていたアイテムがまた違った角度で見えてきたりします。クラシックスタイルを楽しむという事は、人生における装いの移ろいを楽しむことに繋がります。

デザイナーズアイテムはクラシックスタイルに合わせられるか?

これもよくある話なのですが、結論から言うと勿論合わせられます。

例えば先ほどの写真のスーツスタイルに用いているネクタイはDolce & Gabbanaの物です。同ブランドでは他には春夏向けのカジュアルなワークシャツなども持っておりますが、それをLevi’sと合わせて、足元にローファーを合わせるなんていうスタイリングをしたりします。

Dolce & Gabbanaのネクタイ
デザイナーズアイテムではあるが、クラシックスタイルにももちろん合わせられる。
Dolce & Gabbanaのネクタイ

デザイナーズアイテムと言っても、デザインの99%は無から生まれるのではなく、何か原型となる型があり、そこから時代の空気感やデザイナー本人の思想によって産み直された物が殆どです。あるいはアート的な要素が含まれたプリントTシャツと言った物でも、そこには色が必ず使われており、Tシャツそのものの素材も含めて拾う事ができる要素として存在しています。

デザイナーズアイテムであっても必ずコンテクストが存在しているので、そこはクラシックなアイテムとあまり変わりません。ただ、ブランドというわかりやすい名前に惑わされるのではなく、アイテムその物を正しく判断する必要があるのは事実です。

クラシックスタイルを築くには?

実際にクラシックスタイルに興味を持った時にネットで調べてみると、KitonやBelvestといったやたらと高額なスーツや、John LobbやJ.M.Westonといったこれまた高額な革靴、あるいは60年代のLevi’s 501などのヴィンテージ品など、とにかく初期投資が大変なように感じる方も多いと思います。

大前提として、良い物はそれ相応に高いというのは世の常ですが、近年ファッションアイテムは値上がりを繰り返しており、簡単に手が出せない域に達していると思います。もちろんそう言った品を清水から飛び降りる思いで買う事も時にはあるかも知れませんが、そもそもスタイルを築くのに、知名度の高いブランドの名前を借りる必要はありません。

世の中にはこれまでに誰かが着用して手放した、いわゆる古着という物が沢山溢れていますが、着古されてボロボロになっているだけの物もあれば、キチンと手入れしながら愛用されていた物が手放されたりといった事もあります。そういった良質な古着の中には、今では出来る人がいなかったり、コストがかかりすぎて採用されない超絶技巧が施された物や、手に入らない素材が使われた物などがたくさんあります。勿論新旧含めブランドの名前はそれらを探す指標になると思いますが、本当に必要なのはそう言った「本質的な価値を見分ける審美眼」です。

審美眼を育てるにはやはり知識と経験を積むしかありません。一番シンプルな方法は、良いとされている物が何かをまず調べて、どこでも良いので見つけたらとりあえず触ってみて、じっくり観察してみる事に尽きます。そして、少しずつ自分の中での物差しを育てていくのが大切です。初めはよくわからなかったり、間違える事もあったりするかも知れませんが、物事は最初から上手くいく物ではありません。それを恥じるのではなく、むしろ一つまた勉強したと肯定的に捉えるマインドも大切です。

そうやって少しずつ時間をかけて育て上げた本物の審美眼こそが、何よりの資産になりますし、それはなにもファッションに限らず、様々な分野に応用する事ができるようになります。

自分のクラシックスタイルを育てる

僕自身、服に触れたり着たりする中で、好みも判断も少しずつ変わってきました。以前は気づかなかった仕立ての良さが分かったり、好きだった服が今の自分にはしっくりこなくなったりする。その変化も含めて、自分のスタイルを育てていく面白さがあると思います。

具体的な洋服、特にスーツなどを通してこの話を掘り下げるなら、ブリオーニの仕立てとクラシックの美学についての記事も読んでみてください。僕自身が袖を通して感じた着心地や、シルエットの魅力について書いています。

また、古着から自分に合う一着を探してみたい方には、イタリアでの古着探しについての記事で、現地で店を巡る際の探し方を紹介しています。

干梅 太郎

イタリア在住のピアニスト。クラシック音楽と、イタリアの古い服について書いています。
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