「エッセイ」に関する記事
イタリアでのユニクロの存在感って? 在住者が考える立ち位置と値段の関係
日本では見慣れたユニクロが、イタリアでは少し都会的な普段着に見える。日本との価格差や、他のお店と並べて感じる雰囲気の違いを、イタリアで暮らす洋服好きの目線で考えてみました。
バブアーが制服になるとき|「実用品」と「一生物」をめぐる違和感
もはや街で制服のように見かけるバブアーのビデイル。「ギア」「一生物」と語られる服を入口に、実用性と流行、物を大切にすること、買い物に立派な理由を求める心理を考えます。
天才を理解してしまった男|映画『アマデウス』とサリエリの本当の悲劇
映画『アマデウス』について。サリエリの悲劇は才能がなかったことではなく、才能を認識する耳だけは持っていたことでした。そしてこの映画には、ハイドンが一度も出てきません。ピアニストの視点から、この傑作が画面から消したものを読み解きます。
「自分らしさ」と言う名の既製品 | 丁寧な暮らしが生み出す歪み
「丁寧な暮らし」が昔からどうも気に食わない。Aesop、作家物の器、リネン、せいろ、ナチュラルワイン。ひとつひとつは悪くないのに、なぜ一式揃った瞬間に気持ち悪く見えるのか。自分自身の服や革靴への執着も巻き込みながら、「自分らしさ」が商品になることについて考えました。
リネンジャケットのすゝめ
夏にジャケットは暑いだけ
そう思っていた時期が僕にもありました。ですがリネンジャケットは、皺こそを味方につけて夏を最も涼しく着るための一着です。メンズのリネンジャケットの選び方から、皺との付き合い方、そして着心地まで、ピアニストの視点も交えてお話しします。
絶対音感は”魔法の耳”なのか|保持者が自分の「聴こえ方」を分析してみた
「絶対音感があれば音楽に有利」そう思われがちですが、保持者である僕の実感はかなり違います。頭の中で総譜が勝手に書き上がり、歌詞は入ってこない。絶対音感のデメリットと”本当の中身”を、当事者目線で分析してみました。
60年前にTake Ivyが語らなかったもの アイビースタイルの光と影
1950年代にVAN JACKETによって日本へ持ち込まれた「アイビースタイル」は、今なおクラシックメンズの定番として愛され続けている。しかし、その背景にあったアメリカ社会の階級性や人種問題まで含めて語られることは少ない。事実「Take Ivy」が出版された1965年は、公民権運動の渦中でもあった。当時のアイビーリーグが持っていた排他的構造、そして黒人ジャズマンによるアイビースタイルが持っていた「生存戦略」としての側面を辿りながら、“文脈を失ったスタイル”について批評的に考察する。
イタリアでは誰もボタンをいくつ開けるか気にしない理由
イタリアに来て気づいたことがある。誰もシャツのボタンの数を気にしていない。3個開いていても、4個でも、誰も振り返らない。日本では「何個が正解か」と迷いがちなこの問いに、イタリアは別の答えを持っている。暑ければ開ける。それだけだ。在住3年、現地で気づいたシャツの哲学。
クラシックスタイルとはなにか? | 服を文化として捉える為の私的考察
クラシックスタイルとは何か。
それは流行ではなく、服がどのような文化と結びつき、どのように愛されてきたかという問いから始まります。
今改めてVネックのニットを着る理由
近年あまり見かけなくなったVネックニット。クルーネックやタートルネックとは違った面白さがあるこのアイテムを、今なぜ着るのか?
着られなくなった理由と、着る理由それぞれ解説していきます。
ヴィンテージファーは許されるのか? 倫理と環境保護に関する考察
現代社会において持続可能性や倫理が語られる今、ヴィンテージファーはどのような位置づけがなされるのか。個人的な視点から考察していきます。
カシミヤジャケットのすゝめ
繊維の宝石とも称されるカシミヤ。そんな極上の素材を用いて仕立てられたジャケットは、他とは違う特別な美しさがあります。カシミヤジャケットの良し悪しを含め、改めてその美しさに迫ります。
