バルカラーコートとは|なぜ誰にでも似合うのかを考える

皆様こんにちは。ファッションにそこまで詳しくないと言う方から、一家言持っている方も「ステンカラーコート」という言葉には聞き覚えがありますよね。

一番よくあるのは紺やベージュやカーキの、襟が小さくて、羽織るとすとんと落ちるあのコートです。BurberryやAquascutumのものがアイコニックで、日本の紳士服売り場に行けば必ず置いてありますし、三月の駅前を歩けば何人もすれ違う。おそらく日本で一番売られているコートの型だと思います。

ところがこの「ステンカラー」という名前、日本以外では一般的な呼び方ではありません。

そして僕がイタリアで暮らしていて一番不思議に思っているのは、名前の話ではありません。日本では「無難な通勤コート」の位置にいるこの服が、こちらでは街で一番よく見かけるコートだということです。 しかも、おじいさんからおしゃれな若者まで着ている。

今回は、この不思議について書いてみたいと思います。結論から言ってしまうと、この服が誰にでも似合うのは、性格が良いからではなく、構造がそうなっているからでした。

そもそも「ステンカラー」という名前は、日本にしかありません

まず名前の話から片付けてしまいましょう。

「ステンカラー」は和製英語です。英語圏でも、イタリアでもフランスでも、この言い方は通じません。語源については、立てた襟を折り返す構造を指す英語表現が訛ったという説や、フランス語由来だとする説などがあるようですが、どれも決定的な裏付けを見たことがありません。 ご存じの方がいらっしゃったら、ぜひ教えていただきたいところです。

では本当の名前は何かというと、バルカラーコート、あるいはバルマカーンコートです。

バルマカーンという言葉は、スコットランドの地名に由来するとされています。インヴァネス近郊にあった土地の名前で、そこで着られていたゆったりとした外套が原型になった、という説明をよく見かけます。ただしこれも、孫引きの説明ばかりで一次資料に当たれていませんので、ここでは「〜とされています」と書くに留めておきます。

もっとも、名前の由来はこの記事にとって本題ではありません。大事なのはこの先です。

バルカラーコートは典型的なテーラードコートとは構造が違う

クラシックなコートと言われると、どんなコートを思い浮かべますか?おそらく、すぐに思い浮かぶのが、チェスターフィールドコート、アルスターコート、ポロコート。どれも立派な服ですよね。そしてバルカラーコートは、こうした構築的なコートとは少し性格が違います。

というより、典型的なテーラードコートとは、かなり違った考え方で作られている服なんです。

チェスターフィールドやアルスターのような、構築的なテーラードコートに典型的なのが、次の三つです。

一つ目は、ラペル(下襟)です。襟が胸元で大きく折り返り、Vゾーンを作ります。

二つ目は、肩の縫い目です。いわゆるセットインスリーブという、袖が肩の先で切り替わる、ジャケットにも見られる構造です。

三つ目は、ウエストの絞りです。腰の位置で身頃が絞られ、そこから裾に向かって広がります。

こうしたディテールは、スーツのジャケットに見られるような、身体に沿った立体的なシルエットを作るためのものです。

そして、これらのディテールを持つコートは、体とのフィット感や、中に何を着るかによって見え方が大きく変わります。例えば中にオーバーサイズのスウェットやブルゾンなどを着て、肩の収まりやウエストの絞りがうまく噛み合わなければ、せっかくのシルエットが崩れてしまいます。

だから僕にとってテーラードコートは、「下に何を着るか」を決めてから選ぶ服です。それは欠点ではなく、そういう服として作られているというだけの話です。スーツの上に着ることを前提に、スーツの文法に近い立体的なシルエットで仕立てられている。だから決まったときの格好良さは圧倒的です。

一方で、ラグランスリーブのバルカラーコートは、こうした制約がかなり少なくなります。

襟は台襟のついた折り返し襟で、ラペルを作りません。閉じれば首元まで覆い、開けば襟が寝る。それだけです。袖は多くの場合ラグランスリーブで、肩の構築そのものが比較的弱い。そして身頃はウエストで絞られず、肩からまっすぐ、あるいはゆるやかに広がって落ちていく。

もちろん、セットインスリーブで比較的スリムに仕立てられたバルカラーコートも存在します。ですから、バルカラーコートとテーラードコートを完全に別物として考える必要はありません。バルカラーはコートの型を指し、テーラードは仕立てやシルエットの性格を指す言葉だからです。ただ、僕がここで取り上げたい、ラグランスリーブでゆったりした一般的なバルカラーコートは、構築的なテーラードコートとはかなり違った魅力を持っています。

だから、懐が深い

そういった制限がないことが何を意味するかというと、下に着るものに、何も要求しないということです。

ラペルがないので、中のジャケットのラペルと喧嘩しません。というより、そもそも重なる部分がない。肩に縫い目がないので、中のジャケットの肩線がどこにあっても関係ありません。ラグランスリーブは、肩の位置を規定しないんです。ウエストが絞られていないので、下にセーターを重ねても、スーツを着込んでも、シルエットが崩れません。

「懐が深い」というのは、そういうことだと思っています。 度量の話ではなく、コートの仕様の問題です。何も足していないから、何が来ても受け止められる。

そして同じ理由で、この服は比較的どんな人にでもあう万能な服でもあります。

テーラードコートは、ある程度まで着る人の体を規定します。肩の位置、姿勢、腰の位置。それが合っている人が着ると素晴らしいですが、合っていないと服のほうが勝ってしまう。バルカラーコートはそれをしません。二十代が着ても、七十代が着ても、同じように成立してしまう。

ここで一つ、誤解のないように書いておきたいのですが、シンプルであることと、手を抜いていることは、まったく別の話です。

むしろ逆で、装飾も切り替えも絞りもない服は、ごまかしが効きません。台襟の立ち上がり方、閉じたときの首元の収まり、ラグランの縫い合わせが肩の丸みをどう作っているか、比翼の中でボタンがどう納まっているか。足すもののない服は、そういう所だけで良し悪しが決まります。 良いバルカラーコートと平凡なバルカラーコートの差は、写真ではまず分かりません。羽織って肩に落ちた瞬間に分かる。

イタリアの街で一番見かけるコート

冬になるとコートを着る方が多いかと思いますが、僕がイタリアの街で特によく見かけるコートの一つが、ウールやカシミヤ素材の冬用のバルカラーコートです。日本と比べて、チェスターコートを代表する構築的なテーラードコートを着ている人は少ないように感じます。

これはあくまで推測ですが、そもそも仕事においてスーツを着用する必要がある人が日本より少ないため、自然とコートもそこまでフォーマルなものを選ばないのではないかと感じています。

手元にある四着を並べてみます

言葉だけでは伝わりにくいので、手持ちのバルカラーコートを出してみます。

まず、Brioniのカシミヤ100のネイビーが二着あります。 なんで同じブランドの同じコートを?と思われるかもしれませんが、この2着には裏地があるかないかという違いがあります。特に、裏地なしのものは、バルカラーコートのゆるさも相まって、とても柔らかいドレープが出るのが特徴です。

裏地なし vs 裏地付き|実物を使って仕立てや着心地の差を徹底比較します!

こちらはテキスタイルメーカーのPiacenzaがオリジナルで作っているコートになります。 イタリア古着ディグ日記 #14 でご紹介した一着です。アルパカなども混紡されている独特な生地感が個人的には好みです。また、ベルトがついていることによって着こなしの幅も増えていることが特徴です。

最後に、こちらは古いrenoma PARISのものになります イタリア古着ディグ日記 #15 で紹介したものにもなります。こちらはブリオーニと同じくネイビーですが、Piacenzaのもの同様ベルテッドかつ比翼じたてとなっており、少しフォーマルな印象を持っています。ウール素材であると言うこともあり、個人的には多少の雨などでカシミヤより扱いやすく、少し固いスタイリングをする際などに重宝します。

ちなみに、手持ちのバルカラーコートは全てラグランスリーブになっていますが、セットインスリーブのバルカラーコートも存在します。これは好みの問題ですが、個人的には普通のバルカラーコートを選ぶ場合はラグランの方が魅力的に感じます。

ローデンコートはバルカラーコートの一種?

以前、ローデンコートについて書いた記事では、ローデンコートを一つの独立した型としてご紹介したのですが、実はローデンコートの多くは、バルカラーと似たような構造をしているんです。

ローデンコートはラグランではなく、銃を撃つための独特な肩の意匠が施されていますが、ラペルを作らない襟や絞られない身頃も含めた見た目に関しては、バルカラータイプに分類できます。ローデンという言葉はもともと生地の名前で、コートの型を指す言葉ではありませんから、テーラードカラーのローデンも存在します。ただ、僕たちが「ローデンコート」と聞いて思い浮かべるあの形は、バルカラーの構造にチロルの意匠を乗せたものだと言っていいと思います。

そう考えると、あの記事に書いた「流行から切り離されている」という感覚にも説明がつきます。流行から切り離されていたのは生地や色ではなく、下に着るものを選ばないという構造のほうだったわけです。

この独特な緑色の生地が難しそうに見えますが、懐の深いアイテムになりますので、試したことのない方はぜひ一度試着してみることをお勧めします。

まとめ

いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

日本で「ステンカラーコート」と呼ばれている服には、バルカラーという本当の名前があります。ですがこの記事で本当に書きたかったのは、名前の話ではありませんでした。

ラペルがなく、肩が構築的でなく、腰に絞りもない。構築的なテーラードコートに典型的な三つの特徴を、この服は基本的に持っていません。だから下に何を着ても、誰が着ても成立してしまう。イタリアの街でおじいさんから若者まで同じ型のコートを着ているのは、偶然ではなかったわけです。

そして繰り返しになりますが、足すもののない服だからこそ、作りの差がそのまま出ます。シンプルな直線の縫い目ひとつがクオリティを左右する。 一着選ぶときに見るべきなのは、ブランド名でも値札でもなく、襟の立ち上がりと、肩に落ちた時の感触だと思っています。

もしお手元に「ステンカラーコート」がありましたら、一度襟と肩を確かめてみていただけたら嬉しく思います。当ブログでは他にもコートや仕立てについての記事を書いておりますので、よろしければ合わせてお読みください。

干梅太郎

干梅太郎

イタリア在住のピアニスト。クラシック音楽と、イタリアの古い服について書いています。
プロフィールを見る →


Spotlight

Spotlight

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *