人間は悲しいことに、2つのものを比較するのが好きです。それはどんなジャンルにおいてもそうで、洋服においても例外ではありません。例えばネットを探すとスーツやジャケットのブランド格付け記事って、山ほどありますよね。ただ、よく読んでみるとその大半は価格帯と知名度を並べ替えたものです。全部に袖を通した上で書かれたものは、ほとんど見当たりません。
この記事では、私が実際に袖を通した事のある26ブランドを、個人的な物差しで格付けしていきます。当然、人によっては「いやそれは違うやろ」と物申したくなる箇所もあるかと思いますが、誰が並べても同じ事が起きますので、そのあたりは生暖かく見守っていただければと思います。
そして先に結論を書きます。この記事のために26ブランドを採点し直したのですが、その過程で少し困った事が起きました。生地・仕立て・気分の高揚。この三つが、ほとんど同じ数字になってしまったのです。良い生地を選ぶ家は、良く裁ち、良く縫う。着ていて上がるかどうかも、結局そこに従う。26社のうち、この法則から明確に外れたのはゼニアただ一社でした。
つまり「服そのものの良し悪し」は、ほぼ一本の物差しで決まってしまうという事です。分けて測ろうとしても、勝手に揃ってしまう。
では、何も分かれなかったのかというと、そうではありません。ひとつだけ、まったく別の動きをした軸がありました。そのブランドが、どこまでを本気でやっているか。
なので、この記事の表には途中に線が引いてあります。左は服の物差し、右はブランドの物差し。まったく別のものを測っているので、足していません。
世の中の格付け記事が読みにくいのは、案外この二つを同じ列に並べているからなのかもしれない、と書きながら思いました。「アットリーニはいい服だ」と「イザイアは強いブランドだ」は、どちらも本当なんです。ただ、足し算した瞬間にどちらかが嘘になる。
試着しか経験のないブランドは入れていません。そして下にあるから悪い、という表でもありません。むしろ最初の一着として最適なものもありますし、いまでも頻繁に手が伸びるものもあります。
3つの軸と、もうひとつの列
あくまで点数に価格と知名度は含めていません。含めた瞬間に、有名で高いものが上に来るだけの表になってしまいますからね。それは格付けではなく、値札の並べ替えです。
- 生地の見立て — 生地の等級ではなく、どんな生地を選んでいるか。自社で織っているか、自分で柄を起こしているか、無難な既製生地で済ませているか
- 型と作り — 肩の表情、ラペルの返り、胸のドレープ。そして縫製と芯地。主張の強さはここでは見ません
- 気分の高揚 — 袖を通した朝に上がるか。ここだけは完全に主観です
採点は10点満点で、カナーリを全ての軸で5.0とした相対評価にしました。
基準を「普通」という言葉で置くと、何の普通なのかが人によってずれてしまいますよね。そこで、ひとつのブランドを杭として打っておいたほうが、読む側もご自身の物差しに変換しやすいかと思います。ちなみに10は、これまで袖を通した中で最高という意味です。
そして表の右側は、服ではなくブランドを見ています。
- 守備範囲 — そのブランドが本気でカバーしている振れ幅。品数の多さではありません。アリバイのように一着だけリネンのアンコンを置いてあるブランドには、点が入りません
- 個性 — 強い/中庸/薄い。これに優劣はありません。薄い事が買う理由になる場合もあります
守備範囲を平均に入れていないのは、単位が違うからです。「このジャケットの出来」と「この家がどこまで手を広げているか」を足したところで、意味のある数字にはなりません。面白いのが、実際に計算してみると、この列だけが他のどの軸とも数字の動きを共にしなかったということです。理屈で分けたつもりが、数字のほうが先に分かれていました。
もう一つ、点数ではない列として「演奏」を置きました。腕が上がるか、前傾しても背中が突っ張らないか。要するに、本番のステージで着られるかどうかです。服の記事にピアノの話を持ち込むなと言われそうですが、二時間ぶん動き続ける前提で服を見る機会は、そう多くないかと思います。ここは書いておきたいと思いました。
なお、段は点数の合計順ではありません。大まかには沿いますが、同じ点でも好みがありますし、ある軸が他を凌駕する事もあります。最後は判断で決めています。表を見ていくと、下の段のものが上の段を追い越している箇所がいくつか見つかるはずです。
ジャケット・スーツ格付け表
| 服 を 見 る | ブ ラ ン ド を 見 る | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ブランド | 段 | 生地の見立て5.0=Canali | 型と作り5.0=Canali | 高揚5.0=Canali | 演奏 | 守備範囲5.0=Canali | 個性 | 今買える |
| Kiton | 神! | 10 | 9.5 | 10 | ◎ | 9 | 強い | ○ |
| Brioni | 神! | 9.5 | 9.5 | 10 | ◎ | 4 | 強い | ○ |
| Cesare Attolini | 神! | 9 | 10 | 9 | ◎ | 6 | 中庸 | ○ |
| Abla fashion for men(旧) | 神! | 8 | 9 | 9 | ◎ | 4 | 強い | ✕ |
| ISAIA | 素晴らしい! | 9 | 8 | 8.5 | ◎ | 10 | 強い | ○ |
| Saint Andrews | 素晴らしい! | 8 | 8 | 7 | ◎ | 5 | 中庸 | △ |
| Ravazzolo | 素晴らしい! | 7.5 | 7.5 | 7 | ◎ | 5 | 中庸 | ○ |
| Sartoria Partenopea | 素晴らしい! | 7 | 7.5 | 6 | ◎ | 6 | 中庸 | ✕ |
| Belvest | ここで充分すぎる | 7.5 | 7 | 6.5 | ◎ | 8 | 薄い | ○ |
| Caruso | ここで充分すぎる | 7 | 7 | 6.5 | ◎ | 8 | 薄い | ○ |
| Sartorio | ここで充分すぎる | 7.5 | 7 | 5 | ◎ | 7 | 中庸 | ○ |
| De Petrillo | ここで充分すぎる | 6 | 5 | 5 | ○ | 6.5 | 中庸 | ○ |
| Ermenegildo Zegna | いい感じ! | 9.5 | 6 | 6 | ○ | 6 | 強い | ○ |
| renoma Paris(vintage) | いい感じ! | 6 | 4.5 | 5 | ○ | 4 | 強い | ✕ |
| Canali | いい感じ! | 5 | 5 | 5 | ○ | 4 | 薄い | ○ |
| Lardini | いい感じ! | 5.5 | 4.5 | 4.5 | ○ | 8 | 中庸 | ○ |
| Corneliani | いいけど他を手に取る | 5 | 5 | 5 | ○ | 2 | 薄い | ○ |
| Cantarelli | いいけど他を手に取る | 4 | 4 | 4 | ○ | 6.5 | 薄い | ✕ |
| Brooks Brothers | いいけど他を手に取る | 2.5 | 3 | 5 | ○ | 9 | 強い | ○ |
| L.B.M. 1911 | いいけど他を手に取る | 3 | 2.5 | 2 | △ | 5 | 薄い | ○ |
| Boglioli | いいけど他を手に取る | 2.5 | 2.5 | 2.5 | ◎ | 4.5 | 中庸 | ○ |
| Tagliatore | 最初の一着にピッタリ | 5.5 | 4.5 | 4 | ○ | 7 | 強い | ○ |
| UNIVERSAL LANGUAGE | 最初の一着にピッタリ | 4.5 | 4 | 5 | ◎ | 6 | 薄い | ○ |
| Latorre | 最初の一着にピッタリ | 4 | 3.5 | 3.5 | △ | 5 | 薄い | ○ |
| ONLY | 最初の一着にピッタリ | 3 | 3 | 4 | ○ | 6 | 薄い | ○ |
| Circolo 1901 | 特殊枠 | 3 | 3.5 | 2 | ◎ | 2 | 強い | ○ |
点数は Canali を5.0とした相対評価です。10=これまで袖を通した中で最高。価格とブランドの知名度は点数に入れていません。
右の3列だけ、見ているものが違います。左の4つはその服の話ですが、守備範囲と個性はそのブランドの話です。だから足し算していません。
守備範囲=そのブランドが本気でカバーしている振れ幅(品数ではなく、端まで手を抜いていないか)。個性に優劣はありません。演奏=本番で着られるか。
最初の一着にピッタリ
一番下の段から始めます。ただしこれは順位の話ではなく、役割の段です。革靴ブランドの比較記事で「入門にピッタリ」と書いたのと同じ枠で、ここから始めるのが一番良いと思っている服が入っています。
Tagliatore(タリアトーレ/イタリア・プーリア)

実はこの段で最も点数が高いブランドです。格だけで言えば上の段のいくつかを上回っているのですが、ここに置きました。役割の段だからでもあります。
このブランドの特徴は生地にあります。ピーノ・レラーリオ氏が「クラシックかつエクスクルーシブな生地、たとえばチェック柄を、シーズンごとに自分で作り、更新している」とインタビューで語っています。供給元に直接、具体的な要望を出しているとも。ただし独占織りかどうか、どの程度の割合かは公表されていません。取引先の織元名も出てきません。ただ、自分の今まで見てきたものは、かなり面白い生地を使っている印象があります。
生地の見立て5.5に対して、型と作りは4.5。守備範囲は7.0。この価格帯で柄物を探すなら、ここが一番面白いかと思います。仕立ての作り込みで勝負している家ではありませんが、生地を選ぶ目が効いている。
また、仕立ての作り込みといってもそれはアットリーニなどに比べればの話で、カッティングなどはかなり攻めている印象があります。なので、イタリアらしい細身の色気があるジャケットという意味では価格帯も込みで最初の1着としてお勧めです。
UNIVERSAL LANGUAGE(ユニバーサルランゲージ/日本)

この記事には日本のブランドを二つ入れています。イタリアの家ばかり26社並べたところで、これから最初の一着を買う方の役には立ちませんからね。
そして数字を見て、私自身が少し驚きました。格でいうと4.50。コルネリアーニの5.00に肉薄していて、カンタレリやブルックス・ブラザーズは上回っています。
型と作りは4.0で、気分の高揚が5.0。作りより着た感じの方が良いという珍しい形をしています。そして演奏の列は◎です。腕が上がるし、座っても突っ張らない。
自分でつけた点数がそう出てしまったので、隠さず書いておきます。こういう時に数字は正直で、少し困ります。
8年着たオーダースーツのレビューでもお話ししましたが、価格に対してのコスパが良いのかなと思います。そして、日本人の体型をよくわかっているのか、パターンオーダーの型紙も比較的よくできていると思います。そのため、自分の中でこういう服が欲しいという具体的なイメージがあるならば、お勧めできます。もちろん既製品の完成度も頑張っている印象があるので、日本の入門スーツブランド系の中では特にお勧めです。
Latorre(ラトーレ/イタリア・プーリア)

プーリアのジャケット屋。柔らかく軽い、南イタリアらしい作りです。
型と作り3.5、生地4.0。守備範囲は5.0で真ん中。全部が平均的に低いという、この記事では珍しい形をしています。突出した弱点も長所も見当たりません。
演奏の列は△にしました。軽いので動けそうに思えるのですが、実際に腕を上げてみると意外に突っ張るんです。軽さと可動は別物だという事を、この一着で知りました。柔らかい服が動きやすいとは限りません。
昔フランネル素材のジャケットを持っていました。軽さを感じる良いジャケットだったのですが、あまりフィッティングが合わず手放しました。型紙との相性もあるので、人によるかと思います。個人的には同じプーリアならタリアトーレでも良いかなと思うのですが、価格がこちらの方がかなり安いのでそういった意味では優劣をつけるのはナンセンスかと思います。
ONLY(オンリー/日本)
もう一つの日本のブランドです。格3.33でこの段の最下位ですが、守備範囲は6.0あります。ラヴァッツォロやセント・アンドリュースより広い。
型と作り3.0に対して高揚4.0。ここも作りより着た感じの方が良い形です。ユニバーサルランゲージと同じ傾向で、日本の量販に共通する何かがあるのかもしれません。
最初の一着として、悪くない選択だと思っています。というのも、いきなりイタリア製のジャケットやスーツにはあまり手が出ないと思います。ただ、作りは正直で、もう少し価格が出せるならユニバーサルランゲージでも良いのかなと思いますが、日本のブランドあるあるなのか、フィッティングはまずまずだと思います。というのも、イタリアの同価格帯のジャケットなどはかなり違和感があるので、下手に安価なイタリア製を買うよりは、初めの1着として十分だと思います。
いいけど他を手に取る
良いところもたくさんあるけれど、クローゼットの前に立つと他に手が伸びてしまう。そういうブランドの位置です。物自体は悪くないのにここにあるブランドもあったりします。
Corneliani(コルネリアーニ/イタリア・マントヴァ)

この記事で守備範囲が最も低いブランドです。2.0。ただしこれは品揃えが少ないという意味ではありません。作っているものが全部ビジネスに寄っているという意味です。良いスーツを作る家ですが、そこから一歩も出ようとしない。
そして、いまこの会社に起きている事の方が重要かもしれません。
2021年、経営危機に陥ったコルネリアーニにイタリア政府の企業救済ファンド Invitalia が49%を出資しました。残り51%はバーレーン系の Investcorp。総額1,700万ユーロで再建が進み、マントヴァ工場は約350人で稼働、2025年の売上は7,300万ユーロ、完全に健全化して黒字だと報じられています。
そしてその Invitalia が、2026年11月までに退出しなければなりません。いま新しい産業パートナーを探している最中で、次の協議はイタリア産業省で2026年9月30日に開かれます。この記事を書いている、まさに今の話です。
イタリアの仕立てを国が一度救った。その手が、いま離れようとしている。
実際、コルネリアーニのジャケットなどは悪くないんですが、それだけという印象があります。良くも悪くも、量産系スーツブランドの頂点といった感じで、この価格帯を出す人はおそらく洋服に興味があって、洋服に興味があるともう少しクセのある服やよりハイエンドに手が伸び出すという印象です。物自体は悪くないと思うので、気に入ったものがあればもちろんお勧めです。
Cantarelli(カンタレリ/イタリア・トスカーナ)

よく「マルケのカンタレリ」と書かれますが、正しくはトスカーナのアレッツォです。紳士服がリグティーノ、婦人服がテロントラ。2001年頃には従業員800人、売上6,700万ユーロという規模がありました。
そしてこの会社は、1992年から2006年までセント・アンドリュースを傘下に持っていました。後ろの段で出てきますが、あちらはカンタレリが倒れる前に売却されて生き延びています。
2015年2月に和議、そして2018年5月16日、アレッツォ裁判所が破産を宣告。約250人が職を失いました。同年12月にブルガリア資本へ賃貸され、2020年に再起動を試みましたがコロナで頓挫。現在は完全に止まっていて、リグティーノの工場は10年空いたまま売りに出ています。
いま流通しているのは残った在庫と中古だけです。守備範囲6.5は、動いていた頃の話として付けました。
全盛期のカンタレリはかなり良い物を作っており、例えばこれまでに見かけたミラノのAl Bazar(ファッショニスタとしても知られるリーノ・イェルッツィ氏のお店)などの別注品からは確かな品質を感じました。一方でかなり品質に疑問がある個体も見ており、年代によって品質のばらつきがかなりひどいので、総合的に判断した結果この位置になりました。
Brooks Brothers(ブルックス・ブラザーズ/アメリカ)
この記事で一番面白い数字が出たのが、実はここでした。守備範囲9.0で全26社中3位。ところが型と作りは3.0、生地の見立ては2.5で、どちらも最下位に近い。
つまり一番着回せるのが、一番作りの雑なブランドだったという事になります。
しかも型と作り3.0に対して、気分の高揚は5.0。こちらは逆に2.0上回っています。作りは雑なのに、着ると上がるのです。
後の段で出てくるサルトリオが、ちょうど反対の形をしています。あちらは作りが良いのに上がらない。この二社を並べると、服の良し悪しと着る喜びが別物である事がよく分かるかと思います。
結局、アメリカの既製高級スーツといえばブルックスブラザーズであり、アイコニックであることが個性の強さを証明しますよね。そして、ボックスシルエットのズドーンとしたブレザーやジャケットなども、割とどんな服とも合わせられたりする懐の深さがあると思います。
ただ、好きであるものの、他のイタリアブランドのジャケットなどと比べてあまり似合わないんですよね。なので個人的にはこの位置です。むしろ、アメリカ製のポロカラーシャツなどは何枚も持っていて愛用しているので、僕にとってはブルックスブラザーズはむしろシャツのブランドとして親しみを感じています。
L.B.M. 1911(エッレビエンメ/イタリア・マントヴァ)

まず表記の話から。「1911年創業のライン」と書いてある紹介をよく見ますが、間違いです。1911年はルイジ・ビアンキが仕立て屋を開いた年で、L.B.M. 1911 というラインが生まれたのは2005年です。母体はルビアム(LUigi BIAnchi Mantova の頭字語、1939年)で、いまもビアンキ家の四代目が経営しています。
ラインの定義は明快で、社長がフォーブスに語っています。「より軽いジャケットを求める市場に応えるために作った、裏地を完全に排したライン」。本体ラインの方は1911年から半毛芯です。
点数は厳しくなりました。型と作り2.5、気分の高揚2.0。軽さのために引き算をした結果、残ったものが少ないというのが正直な印象です。守備範囲5.0は普通。
残念ながら裏地を排しただけでなく、モノとしてのクオリティも少し失ってしまっている印象があります。価格は控えめですが、個人的には軽ジャケを選ぶにしても他のブランドの物を選ぶかなぁといったところです。
Boglioli(ボリオリ/イタリア・ブレシア)

アイコンは K Jacket と Dover の二つです。K Jacket が本体で、Dover はダブルブレスト。どちらも脱構築の、裏地を持たない上着です。登場年については1987年説、90年代初頭説、2003年説が併存していて定まりません。公式が年を出していないので、ここでは書かない事にします。
そして正直に書きますが、この記事で最も低い点数を付けたのがこのブランドです。生地2.5、型と作り2.5、高揚2.5。正直品質があまり良くないという印象があります。
ただし、「資本が入ったから品質が落ちた」とは言いません。調べた限り、品質低下を報じた業界紙も経済紙も一つも見つかりませんでした。あるのは掲示板とSNSの書き込みだけです。ちなみに2022年以降はスペイン資本の下にあるのですが、現在の持ち主の名前すら公表されていません。そういう状態のブランドについて、伝聞で断じるのは避けたいと思います。
記録に残っている事実の方を書いておくと、2024年の売上は1,950万ユーロで過去最高。ただしこれは、危機で大きく縮んだ後の最高値です。生産はブレシア県ガンバラで内製を維持しています。
と、ここまで厳しく書いておいて何なのですが、Doverだけは話が別です。あの一着は、この点数では説明がつきません。ダブルで、裏地がなくて、あの軽さ。ブランドの評価と一着の評価がずれる事は普通に起きるという、良い例かと思います。
個人的には選ばないですが、ある種この手のアンコンジャケットの革命児的存在でもあるので、ストーリーを着るという意味で好きな方はいると思います。ただ、ブルックスブラザーズのような唯一性が私にとってはあまり感じられないので、この点数です。
いい感じ!
この段は、はっきりした長所が一つあって、それ以外は普通、という服が集まりました。尖っているところがある分、記憶には残りますし、手も伸びがちです。
ZEGNA(Ermenegildo Zegna)(エルメネジルド・ゼニア/イタリア・トリヴェーロ)

この記事で唯一、生地と作りが大きく離れたブランドです。生地の見立て9.5に対して、型と作りは6.0。差が3.5あります。他の25社は全部、この二つがほぼ同じ数字になりました。
理由は構造にあります。ゼニアは服屋である前に生地屋です。ヴァルディラーナのラニフィーチョをはじめ複数の織元を抱えていて、自社製品に用いる生地を生産しつつ、残りは外部のラグジュアリーブランドへ行きます。一方で縫製は、メンドリージオ、サン・ピエトロ・モゼッツォ、オレッジョ、ヴェッローネ、パルマの二拠点に分かれています。
つまり「生地の会社が服も作っている」のではなく、「生地の会社が、服は半分外に出している」というのが実態です。9.5と6.0の差は、そのまま会社の形を言い当てています。手持ちのゼニアを思い返すと、生地は本当に良い。作りは、悪くはないがカナーリと同じ、あるいは物によっては少し上、という印象です。
renoma Paris(レノマ/フランス|ヴィンテージ)

1959年、モーリス・レノマがパリで立ち上げたブランド。1963年に16区ラ・ポンプ通りへ「白い家」を開き、60年代から70年代のパリを象徴する店になりました。
ただ、私が持っているのはイタリア製です。レノマは1973年に「Renoma Japon」を100以上のライセンスで立ち上げていて、日本市場のものは日本のライセンシー製である事が知られています。パリ製でも日本製でもない個体が存在する、という事になりますが、どこの縫製工場が作っていたのかは調べても出てきませんでした。
生地の見立て6.0に対して型と作りは4.5。生地は良いのに、仕立てがそこまで来ていない。ライセンスや他社生産で作られた服には、わりとよくある形だと思っています。それでも個性は強い。あの時代のパリの匂いが、はっきり残っています。
とはいっても、仕立てに関しては同年代の洋服と比べたらの話なので、現行品に比べると良い仕立てである部分はたくさんあります。あと、やはり独特なシルエットなので、ファッション的に楽しいという部分はあります。
Canali(カナーリ/イタリア・ブリアンツァ)

この記事で基準の杭になってもらったブランドです。全ての軸で5.0。他の25社は、ここと比べて上か下かで決めています。
なぜカナーリかというと、スーツ業界では割と大きいブランドですが、悪いところが見当たらない代わりに、突き抜けたところもない。「まともな既製服とはこういうものだ」という見本として、これ以上ふさわしいブランドが思いつきませんでした。
守備範囲4.0は、品揃えが狭いという意味ではありません。どこを見ても同じ表情だという意味です。
ものは本当にいいんです。ただ、北イタリアのファクトリーは群雄割拠であり、個人的には少し味気ないかなという印象があります。ただ、知的に見える端正な洋服作りをしているので、好きな人にとってはたまらないタイプだと思います。
Lardini(ラルディーニ/イタリア・マルケ)

1978年、ラルディーニ家の四きょうだいがフィロットラーノで創業。ブランドとしての立ち上げは1998年です。いまも同族経営で、外部資本は入っていません。
そしてこのブランドも外の服を作っています。「長らく第三者向け生産に専念していた」「イタリアの著名なファッションハウスが自社デザインの製作を依頼するようになった」と現地紙が書いています。ただしブランド自身は一度もそこに触れていません。取引先の名前が出回っていますが、出典が怪しいので書きません。
服単体の点数は高くありません。生地5.5、型と作り4.5。それでも守備範囲は8.0です。色柄の遊びからきちんとしたものまで、幅が本当に広い。私はもう手が伸びなくなりましたが、それは私の側が変わったからで、ブランドの問題ではないと思っています。
日本ではイタリアの高級ファクトリーブランド=ラルディーニというぐらい、最早ファッションにあまり興味がない人にまで知られている稀有なブランドだと思います。掲示板などでは揶揄されがちですが、物の作りも言われるほど悪くない、むしろ割としっかりしていると思っています。シルエットが苦手で個人的にはそこまで好みではないのですが、公平な目線から考えてこの位置にしました。
ここで充分すぎる
ここも順位ではなく、役割の段です。そしてこの記事で一番言いたい段でもあります。
実用上の上がりは、おそらくここです。この上は道楽の領域で、ここから下はどこかで妥協が要る。一着だけ持つと決めているなら、この段から選べばまず間違いがありません。
Belvest(ベルベスト/イタリア・ヴェネト)

パドヴァ県ピアッツォーラ・スル・ブレンタ。私が最も多く所有しているブランドの一つで、スーツ、ジャケットのブランドの良し悪しを図るための自分にとっての基準点になっています。この格付けでは全てのブランドを取り扱うため、基準点をカナーリにしましたが、自分が本当にいい服かどうかということを判断する際はベルベストが基準になります。
そしてこの家は、外の服を大量に作っています。公表はしていませんが、エルメスをはじめ、ランバン、ラルフローレンパープルレーベル、バーバリーなどのOEMを過去手がけており、カルーゾと並んで、イタリア製のラグジュアリー既製服の裏側を支えている一社だと思っています。
守備範囲8.0は、その辺りが効いています。個性は正直薄く、結構どのジャケットやスーツも普通の服に見えます。ただ、普通でとても上等な服というのは汎用性が非常に高く、強い服ばかり並べても着る日が来ないので、こういうブランドの服が一つあると助かります。
実際着心地も良く、無難で品が良く美しいというところがとても気に入っています。アイコニックなジャケットインザボックスも持っていますが、個人的には芯地の入ったジャケットやスーツがより好みです。
「ベルベストっていいよね!」 ズブの素人が語る”Belvest”の魅力を徹底レビュー!
Caruso(カルーゾ/イタリア・パルマ)

ソラーニャに450人超の職人。公式サイトで「世界有数のファッションハウスの製造パートナー」と明言している数少ない会社です。実際、ここのキャパシティはどうなっているんだろうと思うくらい、外の服を作っています。
資本は動き続けてきました。2013年に復星(フォースン)が35%、2017年に約74%まで。そして2026年2月、ランバン・グループがアブダビの Gruppo Mondevo に売却しています。半年前の話です。マルコ・アンジェローニは CEO に留任し、少数株主として資本にも入りました。
これだけ持ち主が変わっても、服の水準は動いていません。資本の形と製品の質は、思っているほど直結していないのではないか。この記事を書いていて何度か思った事です。
実際宣言している通り、名の知れたハイブランドの服はもちろん、Francesco Smalto(フランチェスコ・スマルト)やかつてのARNYS(アルニス)などのイタリア製ラインの製造。Tincati、M.Bardelliを始めとしたイタリアのセレクトショップのオリジナルスーツの製造に至るまで、本当に手広くやっています。
自社ブランドとしても過去から色々な形で商品を出しています。個人的にはこれだけの量産体制を確保して、このクオリティを保ち続けるのは尋常ではないと感じています。実際スーツやジャケットを所有していますが、着心地も非常に良く、実用的なスーツというカテゴリでは頂点に君臨しているブランドの一つだと考えています。
Sartorio(サルトリオ/イタリア・ナポリ)

キートン・グループのブランドです。複数の正規取扱店が「Sartorio by Kiton」「Kiton Group」と明記するなど、兄弟ブランドとして広く知られています。
このブランドの扱いに、この記事で一番悩みました。キートングループのブランドというだけあって、型と作りは7.0で悪くありません。着やすい。なのに気分の高揚が5.0しか付かないのです。その差が2.0で、26社中最大でした。
よく出来ているのに、何も言ってこないんです。「キートンの下位互換」と書いてしまうのは簡単ですが、それは少し乱暴かなと思います。実際キートンに比べてマシンの割合が多いとはいえ、ナポリらしさというのは感じます。個性の列を中庸にしたのは、その為です。
そしてこれは欠点ではありません。毎日着る服に主張なんて要らない、という考え方は普通にありますし、むしろそちらのほうが大人かもしれない。
ただ私は、袖を通した朝に上がらない服を、上の段に置く事が出来ませんでした。
正直個人的な感想のみでジャッジするなら、いい感じ!の段に置くかも知れません。というのも、同じマシン主体であればベルベストなどで良いし、ナポリを感じたいなら他のブランドを選ぶかなぁという微妙なところです。ただ、物そのものを公平な視点から見たときに、この段に置くことを決めました。少しネガティブなことを書きましたが、嘘偽りなくいい服だと思います。
De Petrillo(デ・ペトリロ/イタリア・ナポリ)

フラッタマッジョーレの工房。約40人で、一日に40〜50着。ナポリの中では新しい部類に入ります。
この家は生地選びが面白い。ベネデット・デ・ペトリロが自分で生地を選び、あまり知られていない織元から探してくるか、自分のデザインで発注しているという話があります。ただこれ、ブランド公式はそこまで言っていません。個人的な主観を除けば、複数の取扱店がそう書いているだけです。
ですので、これは私が見た限りの話として書きます。手に取ると、確かに他所ではあまり見ない生地が混じっている。生地の見立て6.0は、型と作りの5.0より上に置いてあります。この家に関しては、服の出来より生地の選び方の方が面白い。
ただ、マシンメイド主体のナポリということでこの位置です。もちろんいい服ですし、とても着やすいです。なので、気に入った生地のジャケットがあれば手にとりますし、実際多くの方におすすめできるブランドです。
素晴らしい!
ここから上は、明確に良いと思っている服です。神!との差は紙一重で、ある軸が一段届かなかったか、私の体との相性の問題である事がほとんどかと思います。
ISAIA(イザイア/イタリア・ナポリ)

守備範囲で唯一の10.0をつけました。この記事で一番強いブランドはどこかと訊かれたら、私は迷わずイザイアと答えます。
理由は品数の多さではありません。訳の分からない真っ赤なジャケットから、真っ当なビジネススーツまで、どちらも本気で作っているからです。片方を捨てていないんですね。
アリバイのように一着だけ変わったものを置いてお茶を濁すブランドは、わりとあります。そこが違う。
服単体としては、型と作りが8.0でアットリーニやブリオーニには届きません。それでもこの段に置いているのは、幅と質を同時に成立させている家がほとんど無いからです。キートンも同じ事をしていますが、イザイアの方が振れ幅は面白いと思っています。
アメリカでナポリのブランドとして最もアイコニックで評価されているという理由はまさにそのブランドの派手なスタイルとアメリカという国がマッチしているからだと思います。キートンより尖ったアイテムを出している。ただ、イザイアのいいところは物作りもかなりしっかりしているところだと思います。
マシンとハンドの融合ということで、御三家や一部ブランドに比べれば手仕事の割合が少ないというのは事実です。ただ、それを加味しても他のマシンメイド主体のブランドよりは一枚上のモノづくりをしている印象があります。実際手持ちのジャケットやスーツを見ても、ベースとしているクオリティラインが「ここで充分すぎる」にカテゴライズしたブランドより高いためこの位置にしました。
Saint Andrews(セント・アンドリュース/イタリア・マルケ)
1968年、マルケ州ファーノ創業。2006年4月からビエッラのトラバルド・トーニャ・グループの傘下で、以降オーナーは変わっていません。ファーノの自社工場に191人、2024年の売上は1,250万ユーロです。
この家の本業は、実は自社ブランドではありません。売上の相当部分が、他のラグジュアリーメゾンのための生産です。2015年時点で約200人のうち180人が縫い子、年間13,000着、ジャケット一着におよそ25時間。顧客名は公表されていません。
そして1992年から2006年まで、この会社はカンタレリ・グループの傘下にありました。先に触れたカンタレリは2018年に破産していますが、セント・アンドリュースはその前に売却されていた事になります。
自社ブランドは Sant’Andrea 名義で専門店に流れています。ただ公式サイトの更新は2023年12月で止まっていて、ビジュアルは2021年春夏のまま。会社は動いているのにブランドの発信が止まっている、という状態です。買えるかどうかの列を△にしたのは、その為です。
残念ながら現在の実態が読めなさすぎるブランドではありますが、品質は北イタリアのブランドでは最上位に分類できると感じます。特に所有するTincatiネームのブレザーからも、明らかにハンドメイドが駆使されていることが見え、着心地も抜群です。
Ravazzolo(ラヴァッツォロ/イタリア・ヴェネト)

ヴィチェンツァ県グルモロ・デッレ・アッバデッセ。起源は1800年代初頭の仕立て屋で、工業生産に移ったのが1959年です。いまもラヴァッツォロ家が経営していて、アンドレア・ラヴァッツォロが代表を務めています。イタリア政府の「国家的重要性を持つ歴史的商標」に登録済み。
生産は100%グルモロ・デッレ・アッバデッセ。得意はカポスパッラ(アウター)で、日本を含むアジア、アメリカ、ヨーロッパ、北アフリカに出しています。
eコマースはありません。サイトは「予約して来てください」と B2B の専用ページだけで構成されています。つまり多ブランド店とオーダーで商売している家です。この規模でこの内容を保っているのは、正直かなり珍しいと思っています。
非常にクラシックで端正なスーツやジャケットを作っており、個人的にはベルベスト同様好きなブランドです。ただ、あまりにも表に出ないのがネックでしょうか。
Sartoria Partenopea(サルトリア・パルテノペア/イタリア・ナポリ)

ナポリ創業。次の段で出てくるアブラを立ち上げた、ブラージ家の系譜にあります。アブラが機関投資家へ売却されたのが1990年代初頭ですから、その後に入れ替わる形で生まれたブランドという事になります。
ここで正直に書いておかなければならない事があります。いまこのブランドを動かしているのは、創業者の息子であるマウロ・ブラージです。2026年6月のピッティ・ウオモにも出展していて、正規取扱店では現行品が売られています。つまり、買おうと思えば買えます。
ただ、創業時の法人と現在の体制がどう繋がっているのかが、調べても分かりませんでした。創業時の所有はフェラム社、いま前に出ているマウロ・ブラージは別法人を持っています。ピッティの出展者情報でも、企業サイトは彼の個人名義のドメインになっている。
買えるのは事実です。ただ、私が着て採点したものと同じ物が買えるのかどうかが分からない。だから買えるかどうかの列は✕にしました。「買えない」ではなく「同じ物として勧められない」という意味です。
後述するablaの系譜ということもあり、ナポリのブランドでありながらかなり男性的なスーツ作りをしています。ブリオーニほどの威厳はなく、北イタリアのブランドほど端正ではないけど、とにかく色気がある。そんな印象をもたらすジャケットは、ある種唯一無二と言っても良いかも知れません。
神!
この段には二種類あります。毎日着られる神と、出番を選ぶ神です。
表の守備範囲の列を見ていただくと、同じ最上段でキートンが9.0、ブリオーニが4.0と、倍以上の開きがある事にお気づきになるかと思います。服の出来はほとんど並んでいるのに、手の伸ばし方がまったく違う。
革靴の記事でも同じ事を書きました。あちらは「個体としての美しさで入っているもの」と「規範としての美しさで入っているもの」でしたが、服の場合はもう少し身も蓋もなくて、着る機会があるかどうかです。
Kiton(キートン/イタリア・ナポリ)

1968年、チーロ・パオーネがアルツァーノで創業。現在も同族経営で、外部資本は入っていません。2010年には毛織物の名門 Lanificio Carlo Barbera を傘下に収めています。
面白いのは、そのバルベーラの生地は他社にも売っているという点です。自分のところで一番いい生地を確保しながら、競合にも供給する。この生地で紹介するブランドで同じ事をしているのはゼニアだけで、この二社は「服屋」であると同時に「生地屋」でもあります。
この記事で唯一、全ての軸が9.0を下回らなかったブランドです。生地10.0、型と作り9.5、高揚10.0、そして守備範囲9.0。作りが最上級でありながら、手が伸びる範囲も広い。この両立が、私にとっての最上段の意味です。
正直ラグジュアリーの塊のようなブランドですが、作りもそれ相応に素晴らしく、まさに唯一無二だと思います。愛好家の中には「テーラーでビスポークしたほうがいい」という方もいると思いますが、それでも生地に関しては他の追随を許さない特別なクオリティがあると思います。
Ciro Paone cucito per TIE YOUR TIE | 至高の仕立てが生む寡黙な価値
Cesare Attolini(チェザレ・アットリーニ/イタリア・ナポリ)

ナポリ仕立ての型を決めた家です。同族経営で、資本の話が一切出てこない数少ないブランドでもあります。
型と作りで唯一の10.0をつけました。肩の表情と胸のドレープに関して、他に並ぶものがありません。ただし守備範囲は6.0です。この家は一つの事を極めていて、それ以外をやろうとしていない。それは弱点ではなく、姿勢だと思っています。
表の上ではイザイアの方が総合点で上に見える瞬間がありますが、この記事では守備範囲を平均に入れていないので、服として上に置いています。そこを混ぜないための構成でもあります。
作りに関しても、正直同ランクの他ブランドとはっきりと目に見えて大きな差があるわけではありません。しかし、そのほんの些細な手仕事の違いなどは究極を目指す上で必要不可欠なのです。どのブランドよりも立体的で人間の体に沿った形を生む。ビスポーク級のクオリティを既成で行えるのはこのブランドしかないでしょう。
イタリア古着ディグ日記 #10 Sartoria Attolini(サルトリア アットリーニ) テーラードジャケット
Brioni(ブリオーニ/イタリア・ローマ/ペンネ)

1945年ローマ創業。2011年11月8日にケリング(当時PPR)が買収を発表しました。取得額は公表されていません(3.5億ユーロ前後という数字が出回っていますが、関係者筋の観測記事です)。当時の従業員は約1,800人、2010年の売上は1.7億ユーロでした。
生産はいまもアブルッツォのペンネ周辺三工場です。ブレザー一着に16時間超、タキシードのジャケットで32時間。ペンネの人口のおよそ一割がブリオーニで働いています。2024年9月には仕立て学校を再開し、平均年齢19歳の見習い16人が二年課程に入りました。
私の実感では、ケリング傘下になってから服作りそのものは大きく変わっていません。ただ、昔ほど「浮く」ものが出てこなくなった気はします。参考までに、2021年から2025年の産業計画で生産部門は約1,000人から約320人へ縮小されています。規模を絞れば実験的な型は減る、という話と繋げたくなりますが、そこを結ぶ資料はないので並べるだけにしておきます。
守備範囲4.0は、その事を数字にしたものです。品質の話ではなく、振れ幅の話です。
ケリングの買収によって、ラグジュアリーブランドと化してしまったのは個人的には残念な部分です。というのも、ブリオーニはハウススタイルが非常に特徴的なブランドであったがゆえに、それが良くも悪くもグローバライズされてしまうというのはどうなのか?と感じるからです。ただそれでも、このローマンスタイルは既製服ブランドとしては唯一無二であり、この威厳あるシルエットと着心地をしっかりと両立している点はやはり格が違うと感じます。
Abla fashion for men(アブラ/イタリア・ナポリ|旧)

1962年にニコラ・ブラージがナポリへ戻り、翌1963年にグルモ・ネヴァーノで工場を立ち上げたのが始まりです。ABLA という名は、父である仕立て屋アンジェロ・ブラージへの献名の頭字語。最盛期には350人が働き、一日にジャケット170着とトラウザーズ150本を出していました。活動期間は1962年から1990年まで。
このブランドについてはL’archivio perduto で一本書いています。詳しくはそちらをご覧ください。
L’archivio perduto #1 Abla(アブラ) ― 失われたナポリ既製服の頂点を実物とともに記録する
一点だけ補足しておくと、中古市場で「Abla by Kiton」という表記を見かける事がありますが、これは根拠が見当たりません。そう書いているのは出品タイトルだけで、同じ出品者が同種の服に「x Attolini」と書いている事もあります。これは、ablaとSartorioの商標をAttoliniが持っていた時期があり、それを一緒にKitonが買い取ったため、その話を誇張しているに過ぎません。
もう手に入りません。だから最上段に置いています、という話ではない事だけは書いておきます。手元にあるものを見て、そう判断しました。
もちろん時代の影響もありシルエットやデザインは少し現代のものとは違う部分もあります。ですが手縫いのクオリティと、何より着用時の肩と首への吸い付き、可動域の自由さが圧倒的です。ネットにはしばしば同ランクのブランドと比べられたという文言が書かれていますが、それが嘘でないことを目の前のジャケットが証明しています。
特殊枠
Circolo 1901(チルコロ/イタリア・プーリア)
26社の中で、このブランドだけが同じ物差しに載りませんでした。
理由は素材です。看板になっているのはフェルパ、つまりスウェット地で、それを製品染めしたもの。モデル名は Easy Jacket。現在はライトジャージーやピケにも広がっていますが、始まりはスウェットです。ナポリの手縫いと同じ軸で採点する事に、意味がありません。
もう一つ書いておくべき事があります。本社はバルレッタ(プーリア)で、生産の主力はルーマニアです。これはブランドが自社サイトに書いている事で、バルレッタ本社に27人、ルーマニアに約400人。たまにイタリアの小売店が「Made in Italy」として売っている例を見かけますが、ブランド自身の表記と矛盾しています。
と、ここまで少し意地悪に書きましたが、面白い服だと思っています。個人的には飛行機に乗る時など、これ以上のものがありません。演奏の列も◎です。
守備範囲2.0は「用途が一つしかない」という意味であって、その一つの用途においては、他の25社がまるで敵わない。だから最下段ではなく、特殊枠に置きました。
もちろんクラシックなアイテムではないことは誰もが見てわかると思います。ただ、ファッション的に面白いと思いますので、好きな方にはおすすめします。
良い生地を選ぶ家は、良く縫う
この記事のために26社を採点し直して、一番意外だったのがこれでした。
最初はジャケットの見栄えを単に「美しさ」という軸で評価しようとしたのですが、それを生地の見立てと、型と作りに分けました。そうしないと、ゼニアのような生地がとてもいいブランド、もしくは作りで勝負しているようなブランドなどの特色を無視して、一緒くたに評価する必要があるからです。そして、それをわければ景色が変わるだろうと踏んでいました。
実を言うと、結果はほとんど変わりませんでした。26社のうち、二つの数字が1.0以上離れたのは7社だけ。3.5も離れたのは、ゼニアただ一社です。
つまり、良い生地を選ぶ家は、良く裁ち、良く縫う。そして着ていて上がるかどうかも、だいたいそれに従います。既製服においては、この三つが分かれない。
考えてみれば当たり前かもしれません。良い生地は高い。高い生地を仕入れる家は、それを裁つ職人にもそれなりの金を払っている。逆もまた然りで、生地で妥協する家は、たいてい他でも妥協しています。
分かれたのはゼニアだけで、それはあの会社は自分で生地を織っているからです。仕入れる側ではなく、作る側にいる。その一社だけが、この法則の外に立っていました。
一本の物差しから、ひとつだけ外れたもの
服の中身を見る三つの軸が揃って動いてしまう一方で、守備範囲だけは、どの軸とも一緒に動きませんでした。
これも当たり前といえば当たり前で、測っている対象がそもそも違うのです。生地も作りも高揚も、目の前の一着の話ですよね。守備範囲だけは、その家がどこまで手を広げているかという話です。同じ表に並んでいますが、見ているものが違う。
なので、単純に服を評価した上での平均値には足していません。試しに足してみたところ、仕立て3.0のブルックス・ブラザーズが26社中17位まで浮き上がりました。品揃えと懐の広さで、服の点数が水増しされたわけです。ついでに言うと、アットリーニがイザイアの下に沈みました。もちろん、守備範囲というのはそのブランドのブランド力にも繋がりますし、あるいはストーリー性というところもあると思います。だからこそ、洋服は単純なクオリティだけでは図れず、面白いのです。
この二つを混ぜないだけで、表はずいぶん素直になります。「アットリーニはいい服だ」と「イザイアは強いブランドだ」が、同時に成立するようになる。どちらも本当なので、両方そのまま書ければそれが一番正確です。
誰の名前で、誰の服を作っているか
最後に、資本の話をしておきます。この26社の持ち主を並べてみると、驚くほどばらばらでした。
キートン、アットリーニ、ラルディーニ、ルビアム、ラヴァッツォロは同族経営のまま。ブリオーニはケリング傘下。ゼニアはニューヨーク上場で創業家が約66%。コルネリアーニは国のファンドが49%。カルーゾは2026年2月にアブダビ資本へ。ボリオリは名前の出ないスペイン資本。そしてカンタレリは消えました。
こう並べると「ファンドが入ったブランドは質が落ちる傾向がある」と書きたくなりますよね。愛好家の中ではよく噂される話だと思います。
ですが、その証拠がどこにもありませんでした。ボリオリの品質低下について報じた業界紙も経済紙も、調べた限り一つも見つかっていません。あるのは掲示板の書き込みだけです。
これは書けません。自分の目で見て点をつけるのと、聞いた話を事実として流すのは、別の行為かと思います。
代わりに、記録に残っている線が一つだけ見つかりました。他人の名前の服を作っているかどうかです。
カルーゾは公式に「世界有数のファッションハウスの製造パートナー」と書いています。セント・アンドリュースも売上の相当部分が他社向けです。ゼニアは決算で「グループ外のラグジュアリーブランドへの完成品供給」を一項目として開示しています。ラルディーニも現地紙が書いています。そして私の見る限り、ベルベストも相当な量を作っています。
生地でも同じ事が起きていて、ゼニアとキートンは競合に生地を売っています。ゼニアに至っては、織った生地の六割が外へ出ていく。自分の名前で出す服より、他人の服になる生地のほうが多いわけです。
一方でブリオーニとキートンは、自社ブランド、自社生産のみで成立しています。ケリング傘下と同族経営という、資本の形としては正反対の二社が、同じ形をしている。
つまり、資本の形では切れないのです。切れるとすれば、自分の名前で出す服だけを作っているか、他人の名前の服も作っているか、という線でしょう。
ただし、この線もまた質の高い低いとは重なりません。カルーゾもセント・アンドリュースも、良い服を作っています。むしろ他所の看板を背負えるほど上手く作れるという証明かもしれません。
国が救った家の、その後
最後に、この記事を書いている間もずっと気になっていた話を書いておきます。
コルネリアーニは2021年、経営危機の中でイタリア政府の企業救済ファンドから49%の出資を受けました。国が民間の仕立て屋の株を持つ、という事です。総額1,700万ユーロ。再建は成功し、マントヴァ工場は約350人で動き、2025年の売上は7,300万ユーロ、黒字になりました。
そのファンドが、2026年11月までに株を手放さなければなりません。いま新しい引き受け手を探している最中で、次の協議は産業省で9月30日です。
この記事の守備範囲の列で、コルネリアーニは26社中最下位の2.0です。作っているものが全部ビジネスに寄っている、という意味で付けた点でした。
ただ、こうして経緯を並べてみると、国に救われて黒字まで戻した会社に、いま振れ幅を求めるのは少し酷な気もしてきます。遊んでいる場合ではなかったはずです。まずは立て直す事が先で、それは実際に成し遂げられました。
数字は数字として、そのまま置いておきます。ただ、次にこの表を更新する時、あの列が動いている可能性は充分にあるかと思っています。
そしてもう一つ。この記事で一番上に置いたキートンもアットリーニも、資本が入っていない同族経営です。一方で消えたカンタレリも、かつては800人を雇う立派な会社でした。どちらの側にいるかで運命が決まるほど、話は単純ではないという事だけは、書いておきたいと思います。
この記事は更新していきます
いかがでしたでしょうか。26社を並べてみて、自分でも意外だったのは、服そのものの良し悪しが思っていたより単純な物差しで決まってしまう、という事でした。分かれるのは、その先です。どこまでを本気でやるのか、誰の名前の服を作るのか、そして買う側がどこに手を伸ばすのか。
皆様がお持ちの一着は、この表のどのあたりに置かれるでしょうか。ご自身の物差しで並べ替えていただけたら、それが一番面白い読み方かと思います。
着用したことのあるブランドが増えたら、あるいは考えが変わったら、この記事は更新していきます。最終更新日と、段を動かした場合はその理由も、以下に残していきます。もしよろしければブックマークなどをして、定期的に覗きに来ていただけると幸いです。



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