ショパンのポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53、通称「英雄」
僕がピアノを始めた頃、一番好きだった曲です。初めて弾いたのは中学生の頃でした。そこから今まで何度も弾き直してきましたが、この曲について、いまだに毎回気づくことがあります。しかもそれは、大きな解釈の話ではありません。
それがアーティキュレーション。どこをつなげ、どこを切るか、という一小節ごとの話です。
譜面を開くたびに、前は見えていなかったスラーの切れ目が見える。前はスタッカートだと思って弾いていた音に、実は何も書かれていない。そういうことが、十年以上経ってもまだ起きます。
今回は、この「読み終わらなさ」について書いてみたいと思います。そして実はこれが弾き手の側の問題だけではないということもあるのです。
「英雄」は、誰が名付けたのか
本題に入る前に、簡単に作品の紹介を。
ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53 は1842年、ノアン、ジョルジュ・サンドの邸宅で書かれ、翌年から1844年にかけてパリ、ライプツィヒ、ロンドンの三都市でほぼ同時に出版されました。献呈されたのはパリの銀行家アウグスト・レオ。速度標語は「Maestoso.」の一語だけで、メトロノーム指示は初版に一切ありません。
そして「英雄」という愛称は、ショパンが付けたものではありません。初版の表紙に標題はなく、そもそもショパンは自作に描写的な標題を付けることには消極的でした。誰が名付けたのかは、実は特定されていません。ジョルジュ・サンドが名付けたという説が広く知られていますが、決定的な一次資料によって命名者を確定することはできません。
ただ、この曲が「英雄」というイメージをまとっていく過程は、後世の文章からも追うことができます。
リストはショパンについての著作のなかで、ポロネーズを「古代ポーランドの最も高貴な伝統的感情」が集められたものとし、武勇や勇気、固い決意、威厳といったポーランドの騎士道的な性格と結びつけて論じています。ポロネーズそのものを、単なる舞曲ではなく、ポーランドの歴史や国民的性格を象徴するものとして描いているのです。
そして1900年、ジェームズ・ハネカーの『Chopin: The Man and His Music』では、ポロネーズを扱う第12章そのものが「The Polonaises: Heroic Hymns of Battle(ポロネーズ 英雄的な戦いの讃歌)」と題されています。Op.53についても「Heroique」という呼称を用い、戦場や剣、馬の蹄といったイメージを重ねています。
つまり、「英雄」という呼び名そのものの起源は特定できなくても、この曲を英雄的・戦闘的な音楽として受け取る見方が、19世紀後半から20世紀初頭にかけて広がっていったことがうかがえます。
以前《テンペスト》の記事で「作品に物語を後から与えたのは誰か」という話を書きましたが、この曲もまったく同じ構造をしています。
書かれた年についても、少しだけ。1842年2月の演奏会が、ショパンにとって以後6年間で最後の公開演奏になりました。同年4月には親友ヤン・マトゥシンスキを、ショパンとサンドが看取りました。そしてその夏のノアンで、この曲が書かれた。ちなみに、Op.53がショパン自身によって公開演奏されたという記録は、現在確認できる演奏記録には見当たりません。

同じ音型に、違うことが書いてある
この曲を弾いていて面白いのが、一つのフレーズの中に、細かなアーティキュレーションがかなり細かく書き分けられていることです。

たとえば主題の左手を見てみると、同じリズムを繰り返しているように見えて、実際にはそうではありません。
- スタッカートが付いているもの
- レガートのみのもの
- レガートがついていて、2つ目にスタッカートがついているもの
大きく分けてこの3パターンのオクターブがあります。同じリズムを弾いているようで、ショパンはその一つひとつを細かく書き分けている。
これは、実際に弾いてみると意外と難しい。楽譜を見れば、スタッカートなのか、レガートなのか、あるいはレガートの中にスタッカートが置かれているのかは分かります。でも、それを一つのフレーズとして流れを失わずに弾きながら、それぞれの違いを音としてきちんと聞かせるとなると、話は別です。
レガートでオクターブを弾くのはそもそも難しいですし、スタッカートだからといって単純に短くすればいいわけでもありません。さらに、レガートの流れの中に置かれたスタッカートをどう扱うか。そうした細かな違いを保ちながら、一つのフレーズとして成立させる必要があります。
右手も同じです。旋律全体を大きな一本のフレーズとして捉えるだけではなく、その中に短いスラーがしっかり書き込まれている。こうした細かな区切りを、フレーズ全体の流れを壊さずに音として表現しなければなりません。
要するに、この曲は「大きなフレーズを弾く」だけではなく、そのフレーズの内部に書かれた細かなアーティキュレーションまで同時に再現する必要がある。これが実はかなり難しく、譜面を見ているだけでは分かりにくいこの曲の難しさの一つだと思います。
そして、ここからがさらに面白いところです。
そもそも、その細かく書き分けられたアーティキュレーションは、ショパンが残した資料の間でも一致していません。
序奏の面白さ
面白いのは、この曲がその設計を、いちばん最初の16小節で宣言していることです。第1小節はfzの一撃、その直後にp。第3小節目からクレッシェンドして、第5小節でまたfz → p。第9小節、第11小節でも同じことが繰り返されます。

「一撃を加えて、引いて、また膨らませる」という動きが何度も現れる。
そして第13小節で f になると同時に左手のオクターブでのスタッカート指示。そこから音域も広がり、主題へ突入していきます。
つまり序奏は、この曲が「切ること」と「つなげること」の対比でできていることを宣言しているのです。しかも冒頭は ff ではなく、fz の一撃からすぐ p に引く。押しっぱなしにしないということも、最初の16小節ですでに示されています。このコントラストこそがOp.53の醍醐味とも言えるでしょう。
なぜ、読み終わらないのか
僕はこの曲を久々に弾くたびに、なんだか書いてあることと違うことをしているような気がしていて、この曲のアーティキュレーションが読み切れないのは自分の未熟さが原因なんだろうと思っていました。ところが調べてみると、そう単純な話でもなかったのです。
この曲では、パリ・ライプツィヒ・ロンドンの三つの初版が、それぞれ異なるショパンの自筆資料をもとに準備されたと考えられています。現在残っているのはドイツ初版の版下となった自筆譜A3だけです。※以下、ヘンレ版の段落ではこのA3を『A』と表記しています。
ヘンレ版の詳細な校訂報告を見ると、この問題はさらに複雑になります。
- 第85〜98小節、第105〜118小節:現存する自筆譜Aでも、並行箇所のスラーが一致していません。フランス初版・イギリス初版でも異同があります。
- 第129〜148小節:スラーとペダル記号について、自筆譜Aとフランス・イギリス初版の間に大きな相違があります。
- 第124小節:自筆譜ではスラーの終点が明瞭ではなく、どこまで掛かっているのか複数の解釈が可能です。
- 第1小節:自筆譜ではスタッカートの位置が不明瞭で、イギリス初版では上声部にのみ付けられています。
- 第30、46、78、168小節:ペダル記号も資料間で一致していません。
これらは一部にすぎません。校訂報告には、第18〜19小節、第34〜35小節、第38〜40小節、第58〜60小節、第69〜74小節、第160〜162小節など、スラーの掛け方について資料間の違いを具体的に論じた箇所が続きます。
つまり、「書かれている通りに弾く」と言ったとき、その「書かれている通り」が一意に定まらない箇所が、この曲にはいくつもある。
資料が割れているということは、少なくとも現在残されている資料だけから、ショパンのアーティキュレーションを一つの形に完全に還元することは難しい、ということです。そして少なくとも現存する自筆譜A3の中でも、並行箇所は必ずしも同じように書かれていません。だとすれば、弾く側が何年経っても読み終わらないのは、当たり前なのかもしれません。
では、エキエル版は何と言っているか
ここまでヘンレ版の校訂報告を引いてきましたが、現代においてショパンといえば、ヤン・エキエル校訂のナショナル・エディションがあります。
ポーランドのナショナル・エディションが、この問題についてどう判断しているのか。気になって調べてみました。そこでの答えは、少し意外なものでした。
刊行されている簡略版の註解の範囲では、Op.53のスラー、スタッカート、アーティキュレーションについて個別の説明がありません。
ヘンレが多数の箇所でスラーの異同を具体的に記録しているのとは、鮮やかな対照をなしています。
これがエキエルの一般方針ではないことは、同じ巻の他の曲を見れば分かります。たとえばポロネーズ Op.44 には「本文のスラーはフランス初版に拠る」とあり、Op.26-2 にはアーティキュレーションの指示についての説明があります。
Op.53では、少なくとも刊行された簡略版の註解では、そこに踏み込んでいません。では、彼がこの問題を軽く見ていたのかというと、そうではありません。
エキエルは、アーティキュレーションについての議論を、個別作品の註解ではなく『ナショナル・エディション序論』という別の文章にまとめています。そこでは、フレーズ記号の始まりと終わりについて、スラーの終わりが必ずしもフレーズの終わりを意味するわけではない、という考え方が示されています。
つまり、「スラーの切れ目=フレーズの切れ目」ではない。という考え方です。
だとすれば、並行箇所でスラーが食い違っていることを、必ずしも「どちらか一方が誤り」と考える必要はないのかもしれません。どちらが正解かを探していた僕の前提そのものが、間違っていた可能性がある。
点と楔の書き分けについても、エキエルは同じ序論で論じています。ショパンは時期によってこれらの記号を使い分けていましたが、資料によっては判別が難しい場合もあり、疑わしい箇所のアーティキュレーションは演奏者の判断に委ねられる、としています。
ナショナル・エディションの序論では、ショパンのこうした複数の真正な読みを「polyauthenticity(多重真正性)」という言葉で論じています。
正解が一つあって、それをまだ見つけられていないのではない。少なくとも、現存するショパン由来の資料には複数の読みが残されている。これは、楽譜を読むという行為そのものに対する考え方を少し変えてくれます。
ちなみにエキエル版は、この哲学を印刷の仕方にまで反映させています。判断が付かない箇所を、丸括弧つきの異版として二層で示すのです。ヘンレとエキエル、同じ資料を扱いながら、これら二つの版は異なる方法で複数の資料の情報を本文に取り込んでいます。
十五年かけて、まだ読んでいる
中学生の頃に初めて弾いたときは、この曲は「かっこいい曲」でした。特に左手のオクターヴに憧れて、そこばかり練習していた記憶があります。いまこの曲の譜面を開くと、目に入るのは違うところです。
音型ごとに細かく書き分けられたスタッカートとレガート、短く区切られては開き直すスラー。細かいフレージングのニュアンス。そして何より、資料によって食い違ったまま残されてきた、いくつもの判断の余地。この曲の楽譜は、読み終わりません。その時々によっていろんな考え方が浮かんでくると思います。
少なくとも僕はまだ読み終わっていないし、たぶんこの先も読み終わらないと思います。ショパンが残した資料そのものが一つに決まっていないのだから、当然といえば当然なのかもしれません。でも、それががっかりする話かというと、まったくそんなことはなくて。むしろ自然なことだと理解しています。ショパンの作品は多かれ少なかれそういった性質を持っていると思います。
楽譜を読むというのは、書いてあることを正確に再現することだけではないのかもしれません。何が書かれているのかを読み、何が書かれていないのかを見る。そして、資料同士が食い違っているところでは、その食い違いまで含めて作品と向き合う。そういった意味で、以前楽譜の選び方の記事でもお話しした通り、いろんな出版社や編集者の楽譜を比べることは非常に大切とも言えます。また、そう考えると「読み終わらない」ということは永遠に未完成なのではなく、むしろこの作品を何度でも弾き直せる理由なのだと思います。
この作品を弾いたことがある方も、聴くだけだった方も、一度あらためて譜面と一緒に耳を傾けてみていただけたら嬉しく思います。






