楽譜はiPadか紙か|持ち歩く時と、勉強する時で答えが違う理由

,

皆様は楽譜を見る時、iPadを使われていますか?僕のいるイタリアの音楽院では、タブレットを使っている人の方が多いのでは、と思うくらい普通に見かけます。レッスンでも合わせでも、譜面台に画面が置いてある事は全く珍しくありません。僕自身も使っていますし、伴奏や室内楽ではそのまま本番で使う事もあります。大量の楽譜をあの薄い板一枚に入れて持って行けるのですから、そりゃ便利です。

ただ、新しい曲を勉強するとなると、僕はいまだに紙の楽譜を使っています。普段あれだけiPadを使っているのに、わざわざ紙を広げている訳です。古い洋服ばかり買っている人間なので、楽譜まで古い物が好きなのかと思われそうですが、これに関しては割と具体的な理由があります。今回は、そのあたりの話をしてみたいと思います。

持ち歩く時は、やっぱりiPadが便利

ちなみに僕が使っているのは第10世代のiPadで、アプリはPiascoreがメインです。forScoreも買って試した事がありますし、IMSLPのアプリを使う事もあります。新しい曲の勉強には紙を使うとはいえ、出先で楽譜が必要な時に、これほど助かる物もなかなかありません。

たとえば教えに行く時、もし生徒が自分で何か新しい曲をやって持ってきたら?とか考えて、念のために手持ちの楽譜を全部鞄に詰める。なんて訳にはいきませんよね。伴奏の合わせでも、予定していた曲以外の楽譜を見たい事はあると思います。そういう時、iPadに入っていればその場で開けます。紙だと「使うかもしれない」というだけで持って行くのは結構しんどいですし、持って行ったところで使わなければ、ただ重い物を運んで帰って来ただけです。その点、電子楽譜なら使わない曲が何曲入っていても、別に困りません。

レッスンを受ける時も、先生には紙の楽譜をお渡しして、自分はiPadを見るという使い方はあります。ただ、この辺りは先生次第です。先生が直接楽譜に書き込む場合もあれば、言われた事を自分で書く場合もあるので、毎回同じ形で使っている訳ではありません。Piascoreにも書き込みの機能はありますし、自分で読む分には画面で困らなくても、先生が紙に書くのであれば紙もあった方がいい。そこまで無理して全部電子化する必要もないと思っています。

IMSLPで、適当に弾き散らかす

それから、僕が電子楽譜で気に入っているのが、IMSLPにアップロードされている楽譜をそのまま開いて弾ける事です。IMSLPは、保護期間が切れた楽譜や、権利者の許諾を得た楽譜が公開されているサイトです。ご存じの方も多いと思いますが、聴いた事はあっても弾いた事のない曲を探してみたりすると、これが結構面白いです。

暇な時に適当に開いて、ざっと弾いてみる。あまり面白くなければ閉じて、次の曲を開く。その程度の事をするために、いちいち楽譜を買ったり印刷したりするのは、正直面倒です。そもそも、これからちゃんと勉強するかどうかも分からない曲ですからね。ちょっと気になっただけなのに、まずプリンターの用意から始めるとなると、そこまでして弾きたかっただろうかという気にもなります。

勿論、紙の楽譜でも適当に弾いて遊ぶ事は出来ますが、手元にない曲までその場で開けるのは、やっぱり便利です。そして、こうやって弾き散らかしているうちに、次に勉強したい曲が見つかる事もあります。最初からレパートリーを増やそうと真面目に考えていた訳ではないのに、弾いてみたら気になる。なので、この適当な時間も案外馬鹿に出来ません。

なお、IMSLPにある物が全て、どの国でも自由に使えるという訳ではありません。国によって保護期間などが違いますし、編曲や校訂、ファイルごとのライセンスも関係します。利用する楽譜の表示と公式の著作権案内は確かめてください。

それでも、勉強する時は紙を広げたい

ところが、そこで気に入った曲をきちんと勉強しようと思うと、やっぱり紙が良いのです。今さっき画面で弾いていたのだから、そのままやれば良さそうなものですが、僕は三ページも四ページも机に並べて見たいんですよね。提示部と再現部を比べたり、似た形の出てくる箇所を横に置いたりして、ちょっと離れて全体を眺める。これをやろうとすると、一台のiPadではどうしても窮屈です。

勿論、画面でもページを移動すれば見比べられます。見開きにする機能もありますし、ページの一覧を出せるアプリもあります。ただ、今見ている箇所と、前に出てきた箇所のどこが違うのかを調べたい時に、片方を見るたびにもう片方が消えるのが、僕は結構嫌なのです。さっきの方はどうだったかな、と戻って、また進んで、という事をするくらいなら、両方そこに置いておきたいです。何のために見比べているのかという話ですからね。

だったら全部小さくして一画面に入れればいいのかというと、今度は音符が小さくなります。大体の形だけ分かれば良い時もありますが、細かい音や記号を見たい時には、結局また拡大しなければなりません。解像度が高ければ線は綺麗に見えるのでしょうが、小さい音符は小さいままです。もう少し大きなiPadなら楽になる部分もあると思いますが、紙を三枚、四枚と広げた時の大きさを考えると、なかなか同じようにはいきません。

以前、譜読みについての記事でも、同じ音形が姿を変えて何度も出てくるという話を書きました。僕が楽譜を並べたいのは、そういう箇所を見たいからでもあります。同じように見えるけれど、ここの音だけ違うとか、こっちでは別の声部に出てくるとか、そういった事を比べながら読んでいきたいのです。紙を広げておけば、そのたびに何かを操作しなくて済みます。紙の枚数が増えれば机は散らかりますが、勉強する時くらいは広く使わせてほしいです。

書き込みについても、右上に何か書いたな、とか、あの箇所は左に置いたページにあったな、といった具合に、場所と一緒に思い出す事があります。画面でも書き込みは残せますが、僕の場合は紙をめくったり並べたりした方が、考えていた事を辿りやすい感じがします。こういう部分には慣れもあるのでしょう。ただ、慣れだとしても、今自分がやりやすい方を使えばいいと思います。暗譜の記事では和声や曲の構造を「地図」に例えましたが、その地図を頭の中で作っていく時、僕はまだ紙を広げて考えたいのです。

さっきのIMSLPの話も、初めて弾く曲という点では同じです。ただ、あの時はまだ、その曲を仕上げようとは思っていません。ちょっと弾いてみて、面白ければまた考えるくらいの感じです。それなら画面で十分なのですが、いざ運指を決めたり、細かい違いを調べ始めたりすると、欲しい広さが変わってきます。同じ曲でも、その時何をしているかで、使いたい楽譜は変わるのだと思います。

本番では紙の方が困る事もある

一方で、本番なら紙の方が良いかというと、そうとも言えません。僕は伴奏や室内楽の本番ではiPadを使う事もありますし、余裕があれば紙も持って行きます。ただ、紙を持って行けばそれで安心かというと、譜めくりをしてくれる人がいないと結構きついんですよね。楽譜が手元にあっても、弾いている最中に自分でめくれなければ困ります。電池が切れないという点では紙の方が強いですが、それだけで本番に向いているとは言えないと思います。

iPadにも充電や操作、会場で画面がどう見えるかといった心配はあります。以前の暗譜の記事でも、いつもと違う環境で弾く事について書きましたが、楽譜も普段使っている時と条件が変われば、気になる事は出てきます。とはいえ、紙の譜めくりに苦労する事もある訳ですから、電子楽譜だけが面倒を増やしているとも思いません。勉強する時にはあんなに紙が良いと言っているのに、本番ではiPadを使っているのは、そういう都合もあります。

結局のところ、今の僕には両方要るのでしょうね。持ち歩いたり、気になる曲を適当に弾いてみたりする時のiPadは非常に便利ですし、それがあるからといって、机の上に楽譜を広げなくて良くなった訳でもありません。本格的に取り組む曲でどの版を使うかを考える事も含めて、楽譜を手に取ってあれこれやっている時間は、まだ紙の方がしっくりきます。

紙と同じくらいの大きさの画面を、三枚でも四枚でも気軽に広げられるようになったら、また考えは変わるかもしれません。今でも端末を複数使う方法はありますが、そこまで用意するなら、とりあえず僕は紙を並べておきます。結構便利ですよ、紙も。

※楽譜のスキャンについて補足しておきます。日本では、個人的・家庭内などの限られた範囲で使うための本人による複製は、条件を満たせば認められます。ただし、文化庁の説明でも仕事での利用は私的使用の範囲に含まれていません。趣味の練習、教える仕事や伴奏、本番、第三者への共有を一律に扱わず、楽譜の権利と用途に応じた確認が必要です。僕のいるイタリアには、日本の制度をそのまま当てはめる事は出来ません。

日本楽譜出版協会のFAQのQ11は、そのガイドの対象がフォトコピーだと説明していますが、デジタル複製について法律上何も決まっていないという意味ではありません。購入済みであれば何に使ってもよい、という事でもないので、この点は道具の便利さと分けて考える必要があります。

干梅 太郎

イタリア在住のピアニスト。クラシック音楽と、イタリアの古い服について書いています。
プロフィールを見る →


Spotlight

Spotlight