イタリア古着ディグ日記 #29 Stefano Ricci(ステファノ リッチ) ネクタイ

こんにちは。皆様は、あるブランドが「最初に作っていたもの」が何だったか、意識されることはありますでしょうか。今や紳士服どころか、香水も時計も、果てはワインやヨットの内装まで手がけている家が、そもそも何から始まったのか。今回ディグったのは、そういうことを考えさせられる一本でした。ネクタイ好きであればご存知の方も多いかと思うStefano Ricciのネクタイです。

このディグ日記でネクタイを紹介するのは、第五回のドルチェ & ガッバーナ第二十一回のNicky per Negliaに続いて三本目になります。正直、また同じ物かと思われそうだなと一瞬ためらったのですが、この一本に関してはむしろ逆で、ネクタイでなければ話が始まらない、という類いのものでした。

Stefano Ricci Tie

Stefano Ricci Tie

こちらが今回ディグった一本になります。Stefano Ricciは1972年、フィレンツェで創業しました。創業者のステファノ・リッチと妻のクラウディアが始めた、ネクタイの工房です。

本人が後年こう語っています。もともと実家では婦人服を作っていて、ネクタイの製造もその設備を使って始めたそうです。若い頃にはエルメスのネクタイを150本以上集めていたという話もあります。その蒐集癖が、やがて自分で作る方へ向かったわけですね。

1974年、まだ二十代でピッティ・ウオモにデビューし、そこで評価を得て、国際的な百貨店に並ぶようになります。

つまりこの家にとってネクタイは、数あるアイテムの一つではなく、そこから全部が始まった一点なのです。三本目のネクタイでも紹介したいと思ったのは、そういう理由になります。

1786年の織屋を買った話

このブランドについて、僕が一番好きな話をひとつ。

2010年、Stefano Ricciはフィレンツェのオルトラルノ地区にあるAntico Setificio Fiorentinoという絹織物工房を、プッチ家から買い取っています。創業は1786年。十八世紀から十九世紀の手織機と半機械織機が今も現役で動いていて、整経機に至ってはレオナルド・ダ・ヴィンチの設計を元にしたものだそうです。ブロケードは、一日かけてようやく一メートル織れるかどうか。

服を作る会社が、自分の使う布を作る場所ごと引き取る。しかもそれが採算の話ではなく、消えかけているものを止めるためだった。こういう振る舞いは、経済的な合理性だけでは説明がつきません。ちなみに2025年には、フィレンツェのクリスタル工房Moleria Locchiも同じように傘下に入れています。

買収に際して掲げられたのは、職人たちの雇用を守り、手織りの技術を次の世代へ伝えることでした。そこに自社のインテリア事業を結び付けて、工房の仕事を広げていく。古い道具を保存するだけでなく、仕事として続けられるようにする。そのやり方に、僕は惹かれます。

クラシコイタリアという掴みどころのないもの

ところで、Stefano Ricciは、1986年にフィレンツェで生まれた企業連合「Classico Italia」の設立を構想した人物でもあります。イタリアの紳士服と職人技を海外へ紹介するための団体で、その活動資料は現在、フィレンツェの服飾教育機関Polimodaに収められています。

日本で服のスタイルとして語られる「クラシコイタリア」と、この団体の活動がどう繋がっているのか。僕はそこを、いずれ腰を据えて調べてみたいと思っています。その入口が、古着屋で見つけたネクタイだったというのは、なんだか出来過ぎている気もします。ちなみに、購入時の価格は4€(当時のレートで約720円)でした。

いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。もしよければ前回の古着ディグ日記もぜひチェックしてみてください。

干梅 太郎

イタリア在住のピアニスト。クラシック音楽と、イタリアの古い服について書いています。
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