皆様は「調光レンズ」というものをお使いになったことはありますか?日差しの下では色が濃くなり、日陰に入るとすっと薄く戻っていく、あのレンズです。今でこそ眼鏡屋さんの定番オプションとして並んでいますが、かつてはプラスチックではなくガラスそのものが色を変えていた時代がありました。以前WAYFARERの記事の最後に、「ボシュロム社製のヴィンテージの物を試したことがないのでどのような違いがあるのかはわかりません。いつか手にする機会があれば比較してみたい」と書きました。その「いつか」が、思いのほか早くやってきてくれました。今回は僕の手元にやってきたボシュロム製のRay-Ban アビエーター、それも Photosun と呼ばれる調光ガラスのレンズが入った一本についてお話ししていきます。
Bausch & Lomb Ray-Ban AVIATOR

アビエーターの成り立ちについては、WAYFARERの記事でも少しだけ触れました。1920年代に飛行機のパイロットのためのレンズ開発を依頼されたボシュロム社が、1929年にその原型を作り上げます。一般向けには1936年に「Anti-Glare」という名前で売り出されるのですが、この時はまだプラスチックのフレームにグリーンのレンズという仕様でした。翌1937年に金属フレームへと改められ、Ray-Ban Aviatorとして特許が取られます。つまり僕たちが今「レイバンのティアドロップ」と呼んで思い浮かべるあの姿は、1937年からほとんど変わっていないということになります。
そして1999年、ボシュロム社はRay-Banをイタリアのルクソティカ社へ売却します。報じられた金額は6億4000万ドル。この年を境にRay-Banは「アメリカのボシュロム製」から「イタリア製」へと姿を変えました。ヴィンテージの世界で「ボシュロム」「B&L」という言葉が一種の合言葉のように交わされるのは、この1937年から1999年までのおよそ60年分を指しているわけです。前回のWAYFARERは現行のイタリア製でしたから、僕にとっては初めて手にする「アメリカ時代のレイバン」ということになります。

僕の個体は街の古着屋で見つけたものです。ブリッジの上には「B&L Ray-Ban USA LIC」と入っており、レンズにもBLマークがあります。ただ、年式を一本の刻印から言い当てるのは難しく、僕も「ボシュロム期のもの」という以上のことは断定できません。ヴィンテージを語るときに一番やってはいけないのは、わからないことを分かった顔で書くことだと思っているので、ここは正直に書いておきます。
Photosun というレンズ

さて、ここからが今回の本題です。実を言うとこのPhotosunという名前、Ray-Banのものでもボシュロム社のものでもありません。ガラスを作っていたのはアメリカのコーニング社(Corning Glass Works)で、PHOTOSUNはコーニング社の商標として1971年に出願されています。指定商品は「光学用・眼鏡用のガラスレンズブランク及びレンズ」。つまりガラスはコーニング、それをサングラスとして仕立てたのがボシュロム、という分業だったわけです。ヴィンテージのRay-Banを見ていると時々こういう発見があって、一本のサングラスの裏に別の会社の技術史が隠れていたりします。
調光ガラスそのものは、1960年代にコーニング社のウィリアム・アーミステッドとドナルド・ストゥーキーという二人の研究者が生み出したものです。仕組みは思いのほか単純で、ガラスの中に銀のハロゲン化物の微粒子を閉じ込めておく。そこに紫外線が当たると銀イオンが金属の銀に変わって光を遮り、日陰に入るとまた元に戻る。写真のフィルムと同じ原理を、何度でも繰り返し使えるようにガラスの中へ封じ込めた、と考えると分かりやすいかもしれません。
当時の説明によれば、直射日光の下では光の透過率が20%まで落ち、日陰では65%まで戻るとされています。濃くなるのは速く、日向に出て1分ほどで最大の7割方まで色が入る。ところが薄くなる方はゆっくりで、暗いところに入って10分で半分ほど、すっかり元に戻るには1時間以上かかります。さらに面白いのは、このガラスは温度が低いほど濃く発色するという癖を持っていることです。冬の晴れた日には夏より黒く見え、真夏の炎天下では「思ったより濃くならないな」と感じる。これは機能が衰えたわけではなく、元々そういう性質なのです。

ボシュロム社はこのガラスをRay-Banに載せ、後年にはChangeablesという自社の名前で調光レンズを展開していきます。Photosunはその祖先にあたる世代とされているのですが、どの年代からどの年代までという区切りは資料によって揺れがあり、僕も断定はできません。はっきりしているのは、1999年のルクソティカへの売却をもって、ボシュロム社がRay-Ban向けの調光レンズを作ることはなくなったということです。今つけられている調光レンズとは、素材からして別物ということになります。
実際に掛けてみると、案外現行のアビエーターとかけ心地そのものはそこまで大きく変わりません。そこは意外な点でした。ただ、なんとなくメタルフレームなどの質感が違うことは、見て目でも、触感でもわかります。
イタリアで暮らしていると、屋外と屋内の往復がとにかく多いのです。石造りの建物の中は昼でも薄暗く、扉を一枚開けた途端に容赦のない光が降ってくる。教会に入る、バールでコーヒーを飲む、練習室にこもる、そしてまた外に出る。その度にサングラスを掛けたり外したりしていると、正直なところ少々面倒なのですが、このレンズはその面倒を勝手に引き受けてくれます。
もうひとつ、これは僕の商売柄の話なのですが、練習室から昼の街に出た直後というのは、目が驚くほど光に弱くなっています。白い譜面を至近距離で何時間も見つめた後の目に、イタリアの午後の日差しはかなり厳しい。その点、かけっぱなしにできるこのサングラスは、日常使いにもってこいだと思います。
まとめ
いかがでしたでしょうか。WAYFARERのことを「究極の普通」と書きましたが、こちらはまた違う手触りを持った一本でした。自分で光を読んで表情を変えるガラス。それも半世紀ほど前のアメリカで焼かれたガラスが、今も変わらず同じ仕事をしてくれている。道具として正しく作られたものは、時間が経ってもきちんと道具のままでいてくれるのだな、と掛けるたびに思います。もし古着屋や蚤の市でくすんだ金色のティアドロップを見かけたら、一度日向に持ち出してみてください。ゆっくりと色が沈んでいくようなら、それは五十年前の技術がまだ生きているということです。






