全12曲からなるリストの《超絶技巧練習曲》。その第4番「マゼッパ」といえば、ピアノ音楽における技巧の代名詞のような扱いを受けている作品です。実際曲集の中でも一、二を争う難曲として、ピアニストにとって永遠のチャレンジであることは間違いありません。一方、そのあまりの難しさ故に、この作品を語る際は「技術的な難しさ」という尺度ばかりが取り上げられます。実際の演奏も、そういう方向に寄っていきがちです。
ですが、譜面を開くと少し妙なことに気づきます。リストがこの曲に書いた速度標語は、たった一つ「Allegro」だけなのです。Presto でもなければ Allegro molto でもない。メトロノーム指示に至っては、一つもありません。そして曲中に並んでいる指示を数えてみると、加速を求める語よりも、減速を求める語のほうが圧倒的に多い。つまり、これは技巧を誇るためだけの曲ではないということが明らかです。
今回は、筆者の演奏経験に基づいて、この作品が本当は何を求めているのかを、楽譜から読み解いていきます。
マゼッパというエチュード
まずは簡単に作品の紹介をしていきます。
《超絶技巧練習曲》S.139 は1852年、ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されました。第4番「マゼッパ」はニ短調、全204小節、演奏時間はおよそ7分30秒です。
献呈されているのはピアノ学習者にとってはお馴染みのカール・ツェルニー。テンペストの記事にも登場した、あのツェルニーです。ベートーヴェンの弟子であり、リストがウィーン時代に師事した唯一の本格的なピアノ教師でもありました。初版の献辞にはこう記されています「カール・ツェルニーへ、感謝と敬愛の友情の証として。その弟子 F.リスト」。ベートーヴェンとリストが、一人の人物を通してつながっている。ついでに言えば、テンペストの終楽章もこのマゼッパも、どちらも馬が走る曲です。偶然ですが、少し面白いですよね。
言葉にならない声|ベートーヴェン「テンペスト」に潜む問いかけの構造に関する解釈
マゼッパの伝説についても触れておきます。”17世紀ウクライナのコサック指導者イヴァン・マゼーパが、若き日にポーランド宮廷で人妻との関係を咎められ、裸で野生馬の背に縛りつけられて荒野に放たれた”という物語です。ただしこれは史実ではありません。ヴォルテールの『カール12世伝』(1731) を経由して西欧に広まり、バイロン、ユゴー、プーシキン、ドラクロワ、ジェリコーと、ロマン派の芸術家たちを次々に捕らえていった伝説です。

そして、この作品はリストによって何度も手を加えられました。
| 年 | 作品番号 | 状態 |
|---|---|---|
| 1826 | S.136 第4番 | ニ短調・Allegretto・77小節。標題なしえ |
| 1837 | S.137 第4番 | 『大練習曲』。169小節。標題なし。ツェルニーに献呈 |
| 1840 | S.138 | マゼッパ単独で編集。標題とユゴーへの献辞が付く |
| 1852 | S.139 第4番 | 決定版。主題を全面的に新記譜 |
これらの表からわかることに、リストは15歳から40歳まで、四半世紀にわたってこの曲を書き直し続けたことになります。しかもここが重要なのですが他の曲は1837年版の刷り本に書き込みや貼り込みで修正を済ませたのに対し、マゼッパだけは既存の楽譜への書き込みではたりず、新しい紙に作曲するなど、多くの修正がありました。
そのことから、この作品は曲集の他の作品より重要視されていた可能性もあります。
リストが「若い自分」を否認したこと
1837年の『大練習曲』は、当時から尋常でない難曲として知られていました。シューマンは書評でこれらを「嵐と戦慄の練習曲」と呼び、「世界に高々10人か12人しか弾き手がいないだろう」と評しています。クララ・シューマンに至っては「野蛮で断片的すぎる」と書き残しました。
そして1855年、リストは出版者アルフレート・デルフェルに宛てて手紙を書きます。旧版はすべて無効であり、ブライトコプフ版こそが「唯一正統な版」である。旧版は「今はもう過ぎ去った、私の芸術的独創性のある時期」に属するものだ、と。
つまりリスト自身が、若い頃の自分を否認しているのです。
ここで一つ、注意しておきたいことがあります。よく「リストは1852年の改訂で難易度を下げた」と言われますが、マゼッパに関してはそれは正しくありません。ヘンレ版の校訂者ペーター・ヨストは、1852年版について「両手の跳躍の技術的要求はさらに増しており、今日なお大きな挑戦である」と明言しています。易しくなったわけではありません。
では何が変わったのか。
ピアニストであり音楽学者でもあったチャールズ・ローゼンが、決定的なことを書いています。マゼッパの三度を第2指と第4指でスタッカートに弾く、あの独特の運指について
この運指は響きのために考案されたのであって、弾きやすさのためではない。
そしてローゼンは、改訂版を「旧版の改訂ではなく、旧版の演奏会用パラフレーズであり、その芸術は変容の技法にある」と評します。ヴァイマルのクラシック財団は、改訂の目的を「響きの透明性と詩的な輝き」と要約しています。
難易度は下がっていない。変わったのは、その難しさが何のためにあるのか、という一点なのです。
Allegroという指示の扱いについて

さて、ここから楽譜を見ていきましょう。
冒頭に書かれている速度標語は「Allegro」のみです。ffの和音によるファンファーレのあと、「Cadenza ad libitum」と指示がありますが、有名な主題が始まる第7小節にもう一度「Allegro」と書かれています。二度書かれているのに、二度とも同じ語です。
そしてメトロノーム指示は、この曲に一つもありません。
インターネット上では「♩=112〜116」という数字をしばしば見かけますが、1852年の初版にこの数字は存在しません。後世の校訂者が補ったものです。リストが決めた正確な速さというものは、この曲には最初から存在しないのです。
ではAllegroとはなんでしょうか?
弾いている時にはこの余白を気にしなければならないのです。指も腕も目まぐるしく動くので、実際に弾いている時の感覚は非常に速く感じますが、弾きながら同時に自分の演奏を俯瞰して聴ける程度のテンポで弾かなければいけません。
交響的な響きのテーマ

主題が提示される第7小節。1852年版は三段譜で書かれています。上段にオクターブの和音による主題、中段に半音階の三度の十六分音符、下段にオクターブのバス。
中段の三度には「m.s.(左手)」「m.d.(右手)」と交互に指定が振られています。つまり三度は両手が交代で受け持つ。そのつど空いた手が外声を掴みに行き、ペダルがそれを保持する。この構造で、外声の主題和音は、指が離れたあとも鳴り続けます。
大切なのは声部毎の弾き分けとキャラクターの設定。そしてそれに付随する音楽の運び方ですが、最も注目するべきは先ほども触れた指番号になります。
滑らかに、早く、しかも効率的にこの三度のパッセージを弾くのであれば、全て2,4指定ではなく、左2,4 1,3 右2,3 14左2,4 1,3と指番号を置く方がはるかに楽です。しかし、この指番号は同時に速度を出しやすく、しっかりコントロールしないと滑りやすいという欠点もあります。
リストはピアノという楽器を隅々まで理解していて、同時にピアニストが譜面を見たときに、どんなことを考えるかということにも精通していました。つまり、彼があえて弾きにくい2,4で指定したということはしっかりと考慮に入れないといけません。
すぐに思いつく理由としては、しっかりとMarcato気味に全ての音を弾いて欲しかったのではないか?ということや、速度を上げづらい=落ち着いて弾かなければいけないということを伝えたかったのではないか?ということになります。
勿論その他にもいろいろな理由を考えられますが、とにかく我々はこの三度をリストがイメージしたような響きで弾くと同時に、外声部のメロディを叩きつけるように弾くのではなく、しっかりと歌う必要があるのです。
「歌え」と書かれている二箇所

中間部は主題を中声部において、非常に綺麗で穏やかな場面になります。しかし、楽譜を隅から隅まで探しても、dolce も cantabile も tranquillo も、この曲には一語もありません。柔らかく歌え、穏やかに、とはリストは一度も書いていない。
書かれているのは、次の二つだけです。
- 第63小節:il canto marcato e vibrato assai(旋律を際立たせ、十分にヴィブラートをもって)
- 第81小節:Il canto espressivo ed appassionato assai(旋律を表情豊かに、きわめて情熱的に)
どちらも「歌え」とは言っていますが、その歌わせ方に「際立たせて」「情熱的に」という、かなり強い限定がついている。
つまりこの美しい中間部も、シンプルに綺麗に歌うのではなく、あくまで情熱的出なければならないのです。甘く弾けばいいという話ではまったくない。
ここでも速度が問題になります。この二箇所は、速く駆け抜けてしまえば単なる通過点になってしまう。リストがわざわざ「il canto(旋律を)」と名指しで書いた場所が、聞こえないまま過ぎていく。それは一番もったいないので、必ず主題を歌う前提で設計しなければなりません。
Allegro Decisoの誤解

終盤を追いかけてみましょう。
第116小節で「Animato」、6/8拍子に変わり、しかも「leggero」「mp」と、いったん音量を落として軽くなります。そこから第137小節まで進み、上行の走句を経て
第138小節、「Allegro deciso」、2/4拍子、ff。
ここが最後の追い込みです。第161小節には「sempre ff」。いかにも勝利へ突き進んでいく場面に見えます。ここまで4/4拍子だったところから2/4拍子に変化しているということは、簡単に言ってしまえば一小節あたりの音価が半分の長さになっているので、最初のAllegroよりもテーマが速く進んでいく感覚になります。
しかし、あくまで音楽の速さそのものはAllegroである必要があります。リズムが変わったことと、テンポが変わっていないことを同時に表現しなければなりません。ちなみに、「deciso」というのはイタリア語で「断固とした」「決然とした」という意味で用いられています。
つまり、単に速くすればいいというものでは決してないという事を忘れてはいけません。ピアノは手の都合で弾くのではなく、音楽のために弾くのです。

第180小節、リストは「Più Moderato」と書きます。 拍子は4/4に戻り、強弱は p。両手ともヘ音記号、つまり音楽は低音域へ沈み込みます。第191小節には「rall.」とフェルマータが二つ。そこでニ長調に転じ、「ten.」を重ねた荘重な和音が置かれ、最後に「Vivace」で終止する。
勝利の直前にリストは減速と沈黙をしっかり置いているのです。
ここがおざなりになると、この曲の結末は成立しません。倒れて、そして起ち上がる。その「倒れる」の部分がなければ、起ち上がることに意味がなくなってしまうからです。
しかしこの作品の演奏で良く起きるのが、Allegro decisoで全力を出しすぎて、「やっと終わった」という演奏者の中での気の緩みが現れてしまい、何だか気が抜けたような演奏になるということです。
倒れるにもいろいろあります。気が抜けて倒れるのと、ドラマティックに倒れるのは全く違いますよね。その為にはどれだけPでもしっかりと奥底から音を届ける必要があります。
リストが削った二語
楽譜の終結部には、ヴィクトル・ユゴーの詩の一節が掲げられています。
Il tombe enfin! … et se relève Roi! (ついに彼は倒れる…そして王となって起ち上がる!)
ユゴーの『東方詩集』(1829) 所収の詩「マゼッパ」の最終行です。リストは1840年の版でこの句を初めて楽譜に置き、1852年版にも引き継ぎました。
ところが、ユゴーの原文を確認すると、こうなっています。
Enfin le terme arrive… il court, il vole, il tombe, Et se relève roi ! (ついに終わりが来る……彼は走り、飛び、倒れる、そして王となって起ち上がる!)
楽譜に刻まれた形からは、「il court, il vole(彼は走り、飛び)」が消えています。
リストが意図的に削ったのかどうかを断定する資料は見当たりませんでした。ですから、これはあくまで一つの観察です。ただ、この曲を締めくくる言葉として彼が選んだのは、「走る」でも「飛ぶ」でもなく、「倒れる」と「王になる」だけだった、という事実は残ります。
ユゴーの詩は二部構成です。第一部は疾走そのものを描きますが、第二部はこう始まります。
Génie, ardent coursier (天才よ、燃える駿馬よ)
ここで馬は比喩に変わります。縛りつけられているのは芸術家であり、疾走は創造そのものです。
リスト自身も1854年、この主題について解説を書いています。マゼッパの苦悩の叫びは「天才の燃える拍車が引き出した最初のどもり」であり、「新生児の産声」のようなものだ、と。そして人々は、その叫びに口輪をはめようと急ぐ「鉄の枷と花輪、黄金の鎖と茨のもつれが織り合わさって、彼を動けなくする」。
これこそが、リストにとってのマゼッパでした。
速く弾いて人を驚かせるための、曲芸的な曲では、少なくとも彼の中ではなかったのだと思います。
まとめ
ここまで読んで頂いた後に、この曲を「速さの曲」として弾くもしくは捉えるのは、少し無理があるのではないでしょうか。
もちろん、これは僕の読み方であって、絶対の正解ではありません。楽譜には沢山の隙間があり、そこを埋めるのは弾く人の仕事です。その余地こそがクラシックの醍醐味だと思っています。
ただ、この曲に関しては、単純に疾走するのではなく、マゼッパの伝説や影響を受けた作品などを理解した上で解釈する必要があると考えています。
技巧の代名詞として、単純にショーピースとして消費されるにはあまりに惜しい曲です。この作品を知っている方も、名前だけご存知だった方も、一度あらためて耳を傾けてみていただけたら嬉しく思います。



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