イタリア古着ディグ日記 #27 Fendi(フェンディ) アスコットタイ

こんにちは。皆様は「アスコットタイ」と聞いて、どんな姿を思い浮かべられますでしょうか。シャツの襟元にふわりと入れた、あの寛いだ首元でしょうか。それとも、モーニングコートの胸元にきっちりと収まった、幅広の剣先のほうでしょうか。実はこの二つ、同じ名前で呼ばれてはいるものの、成り立ちがかなり違います。その話は後ほど。

それはさておき、前回のFinamoreが1925年にナポリで生まれたブランドだったのですが、奇遇なことに今回のブランドも1925年生まれです。しかも今度はローマ。同じ年に、イタリアの南と首都で、片や数人のお針子とシャツを縫い、片や毛皮と革を扱う店が始まっていたわけですね。今回ディグったのは、Fendiのアスコットタイです。

Fendi Ascot Tie

Fendi Ascot Tie

こちらが今回ディグった一本になります。Fendiの始まりは1925年、ローマのヴィア・デル・プレビシートに、アデーレ・カサグランデとエドアルド・フェンディ夫妻が構えた毛皮と革製品の工房でした。今でこそFFのロゴで知られるメゾンですが、創業当初のマークはリスだったそうです。エドアルドがアデーレに贈った小さな品にちなんだものだと言われていて、この手のエピソードを知ってしまうと、どうにも憎めなくなってしまいますね。

やがて、パオラ、アンナ、フランカ、カルラ、アルダという五人の娘たちが事業に加わります。1954年に父エドアルドが亡くなった後も、母アデーレとともに家業を支え、それぞれがデザイン、営業、仕入れといった領域を分担していきました。後にカール・ラガーフェルドが彼女たちを「一つの手の五本の指」と呼んだというのも、よく分かる話です。

そのラガーフェルドがFendiに招かれたのが1965年。以後54年という、ファッション史上でも例のない長さの関係が始まります。あのFFのモノグラムは彼がこの時に描いたもので、意味は”Fun Fur”、つまり「楽しい毛皮」。毛皮という重厚な素材を軽やかに扱おうという、当時としてはかなり挑発的な宣言だったのだと思います。

アスコットタイとデイクラヴァット

さて、冒頭の話に戻ります。本来のアスコットタイは昼の礼装、つまりモーニングコートに合わせるための物です。名前は英国のアスコット競馬場に由来するとされていて、幅広の剣先を交差させて重ね、タイピンで留めて着用します。かなりかっちりとした、儀礼の側の装いですね。

一方、シャツの襟元に入れて使うカジュアルなタイプは、英国では“day cravat”と呼ばれます。ただ、米国ではこちらも“ascot”と呼ぶので、英語でも名前がきれいに揃っているわけではありません。礼装用と寛いだ装い用では、同じような名前でも着け方や用途が違う。そのあたりが、少々ややこしいところです。

僕は仕事柄、礼装のほうのアスコットタイを目にする機会がそれなりにあるのですが、正直に言えば、あの緊張感のある首元と、イタリアのおじさんがシャツの隙間から覗かせているそれとを、同じ言葉で呼ぶことにはいまだに少し慣れません。もっとも、名前が現地の実態からずれていくのは服の世界ではよくあることで、BaracutaのG9の回でも同じような話をしたばかりです。

購入時の価格は17€(当時のレートで約3000円)でした。正直アスコットタイは初めてなのですが、最近装飾品について気になっていたところなので、ちょうど試すいい機会かと思います。

いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。これまでの古着ディグ日記もあわせて、暇つぶしにお読みいただけますと幸いです。

干梅 太郎

イタリア在住のピアニスト。クラシック音楽と、イタリアの古い服について書いています。
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